東京の台所

<61>彼女が、彼女のために作る愛情ごはん

〈住人プロフィール〉
 会社員(女性)・26歳
 賃貸・2LDK・JR中央線 豊田駅(日野市)
 入居9カ月・築23年
 パートナー(公務員・32歳・女性)とのふたり暮らし

 少々気構えて行ったら、長年連れ添った夫婦のように自然体で、こちらが拍子抜けした。
 新宿2丁目のクラブで知りあい、交際6年。ふたりで暮らし始めて、今の家は2軒目になる。6歳年上のパートナーは言う。
「彼女が社会人になるのを機に引っ越したんです。前の家はスタジオタイプの広いワンルームだから、喧嘩(けんか)しても互いに逃げ場がない。彼女はトイレやウオークインクローゼットに閉じこもっちゃうから、かわいそうだなって。今度は、逃げ込む部屋がある間取りにしてあげようって思いました」
「この人、付き合いたての頃は、まだ元カノと同居してたんですよ。ひどいでしょう?」
「住みたいって言うから、ちょっと住んだだけ。しょうがないじゃん」
 どこにでもあるカップルの会話。女性同士ということのほかに、何ひとつ変わったことはない。
 料理は26歳の彼女が作る。梅酒や梅ジュースをつける梅仕事や、栗の皮をむいたり、鍋を磨いたりするこまかな作業が好きだ。無心になり、ストレス解消にもつながる。作ろうと思えば作れるが料理が苦手で、さほど台所道具にも興味がないというパートナーは、もっぱら食べるのと片付けるのが専門だ。そんなパートナーが、彼女に心惹(ひ)かれたのはロールキャベツである。
「初めて会ったクラブで、雰囲気に慣れず所在なさげにしていたのが私たちふたりでした。それから何度か会うようになって、初めて彼女の学生寮の部屋を訪ねたとき、温かくておいしいトマト味のロールキャベツを作ってくれたんです。あの味は忘れられませんね。若いのに、こんなおいしいものを作れる人なんだ、私のために準備してくれたんだなあと、とても感激しました」
 昨日のことのように振り返る。そして、ふと我に返ったように相手にたずねた。
「ねえ。あれ、なんで作ってくれないの? あのとき1回だけだよね」
「だって手間がかかるんだもん。初めて部屋に来るから、ドキドキしながら、料理本を見てはりきって作ったんだよ」
「え、じゃああれ、レパートリーじゃなかったんだ」
 甘酸っぱい記憶に隠された小さな秘密が解き明かされる。ふふっと、穏やかに笑いあうふたりを、土曜日の昼下がりの日差しがやわらかに包みこむ。
 彼女たちの交際が長続きしている理由のひとつに、どうやら“食べること”も一役かっていそうだ。
「この人はまったく料理ができないから私がやろうと、必要に迫られて始めたのですが、なにしろ本当においしそうに食べてくれる。だから食べさせがいがあるんです」
「興味がないから、台所道具もなんでもよくて、カトラリーとかそのへんの安物を使っていました。でも、彼女は、口に入るものだからちゃんとしましょうと言う。いいスプーンで食べると、確かに口当たりが違うんですね。そういうことをちゃんとするのはいいことだなと気づかされました」
 料理をすれば生活のクオリティーは上がると、若い彼女は貧乏な学生時代に学んだ。お金がなくても、栄養豊かでおいしいものは作ることができる。そうすれば心も豊かになる。
 パートナーは、きっと彼女のこのひたむきさに惹かれたんだろう。

 今年の末に、ふたりは同性婚が認められているニューヨーク州で結婚登録をして、式も挙げる。6年間女友達として紹介してきた実家の母にどう説明すべきか、カミングアウトも含めて最大の難関だった。顔を見て話せないので、先月、彼女はメールにすべてのことを綴(つづ)り、おそるおそる送信した。
 しばらくすると返事が返ってきた。
<さすが○○さん! ぶっとんでるわ。あなたの幸せを祈っています>
 文面をそらんじる彼女。うんうんと横でうなずくパートナー。2人の薬指には、それぞれの母から譲り受け、リメークしたエンゲージリングが輝いていた。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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