東京の台所

<69>大阪で知った、旬を食べるということ

〈住人プロフィール〉
 会社員(女性)・43歳
 戸建て・2LDK・東京メトロ有楽町線 月島駅(中央区)
 入居4年・築15年
 

 どこから撮っても絵になる台所である。美しいフランスの鍋や家具作家の椅子が絶妙のレイアウトで置かれているが、決して形やデザインにこだわるだけはない。すみずみにまでしっかり暮らしの痕跡があり、毎日料理をしている人の台所だ。
 転勤先の大阪から東京に戻ったとき、賃貸マンションを探しかけたが、買ったほうが安いのではと思い、月島のマンションを購入。業者を入れてリフォームをした。しかし、予算が足りなくなり、台所のシンクを替えられない。しかたなく、木目柄のカッティングシートをネットで買い、扉一面に自分で貼った。
 このシンクが主張しすぎず、てかてかと新しすぎず、ちょうどいい存在感を放っていて魅力的だ。手作りの鍋つかみなど見ると、もともと手先が器用らしい。会社勤めのかたわら料理教室に通い、手芸も好きで布小物を作るという。
 かつては、零時ごろ会社から帰宅して3時頃までDVDなどを見るという生活。食事も適当で料理もほとんどしなかった。外食のときは冷えたビールを好んで飲んでいた。原因不明の皮膚炎になり、どの病院に行っても治らず困っていた頃、大阪への転勤を言い渡された。
 その大阪生活で、大きくライフスタイルが変わったそうだ。
「いかなごのくぎ煮やひりょうず、煮豆。そのへんのお店や市場に、季節のおいしい和食がたくさん売られています。食べるとおいしいし、京都や奈良に近くて足を伸ばすと、さらに旬の恵みを生かした料理がたくさんあって、こういう食べ物っていいなあ、とあらためて実感するようになったのです」
 同時に、意識して食事や生活を改善するようになった。梅を漬けたり、季節の食材を食卓にのせたり。なるべく冷たい飲み物を避け、大好きなビールも1杯だけにして、そこからは赤ワインに。東京ではシャワーをさっと浴びる生活だったが、半身浴をしながらしっかり湯船につかるようになった。夜は早く寝る。夏でも体や足先を冷やさない。気をつけだしたら、いつのまにか皮膚炎や冷え性が治っていた。
「大阪暮らしは自分の体を見つめ直す大きなきっかけになりました」
 現在は玄米で、和食中心。産地直送の野菜が売られるマルシェなどで買い物をし、週末は友だちを招いて手料理をふるまう。
 東京にも、旬の食材を大事にした店は多いが、彼女の人生のなかでは、そのとき大阪に行ったのが良かったのだろう。見えなかったもが見えたのではなくて、見ようとしなかったことに気づけたのではないか。
「今は健康の大切さを噛(か)みしめています」としみじみつぶやく。
 転勤先がニューヨークとかでなくてよかった。仕事好きな人ほど陥りがちなスパイラルを断ち切るのに、いかなごのくぎ煮をはじめとするなんでもない旬の手料理こそ有効だったのだ。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM/
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<68>幸せが宿る、2階の台所の小窓

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<70>どこか浪速っぽい南インドに魅せられて

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