東京の台所

<70>どこか浪速っぽい南インドに魅せられて

〈住人プロフィール〉
 グラフィックデザイナー・32歳
 木造アパート・2DK・小田急線 世田谷代田駅(世田谷区)
 入居半年・築40年くらい

 取材中、手元の携帯電話が鳴った。
「あ、2階の人のかな」と彼女がつぶやく。
 世田谷代田駅から歩いて20分余。大家さんの敷地内にある古い2階建ての木造アパートでは、上階の人の話し声はもちろん、いびきも聞こえるという。おかしそうに話す彼女のおおらかさと度量の大きさに惹かれた。

 台所については「蟻(あり)が多いけど、不満はないです」とひとこと。一歩踏み入れると、そこは隅々までもれなく、南インドなのである。傷だらけのほうろうの鍋には豆がひたしてあった。豆は欠かせない食材で、カレーはもちろん、サラダや炒め物など何にでも入れるという。
 美大生のとき、初めてインドを1カ月旅行した。以来「なにもかもがおもしろすぎて」、魅了され続けている。好きが高じて昨年、デザイン事務所を辞めて1年間、南インドに暮らした。できるだけ長くとどまりたくて、ときどき飲食の露店の手伝いもしていたという。
「とにかくあっちの人は1日中、食べ物の話ばかりしている。魚のカレーにフェヌグリークというスパイスを入れるか入れないかで、おばちゃん同士が電車の中で3~4時間話したりしているんです。どこか浪速っぽくて親しみを感じながらも、すごく疲れるんですよね。それでも日本に帰ってくると、なにか物足りなくなってしまうんです」
 南インドでは、ひとり知り合いになると家族にも親戚にも紹介され、どんどん友だちが増える。彼女はそれを「チェーン式」と呼んでいる。
「チェーン式に、インドのおいしい料理をたくさん教えてもらいました。みんな食べることが好きだし、味つけや食材選びや自分のレシピにこだわりが強い。隣の州の味つけは好きじゃないんです。そういうローカル食の作り方を聞くのが好きでした」
 お母さんは、それぞれに我が家の味に誇りを持っているのだろう。ひとりひとりの家庭の味を聞き歩く真剣なまなざしと、たとえば蟻や2階のいびきなど気にしない彼女の鷹揚(おうよう)な人柄が、南インドのたくさんのお母さんたちに愛されたのは容易に想像できる。
 今はフリーでグラフィックデザインの仕事をしながら、南インド料理やインドの印刷文化に関するイベントをときどき開催している。
 私は、インドに行きたくなりませんか、日本は息苦しくないですかと尋ねた。
「以前は、早く行きたいとそればかり思っていましたが、今は自分の生活のなかにインドがしっかり入っているから、そんなでもないんです」
 なんとなく、台所に立っていると落ち着くのだという。
「あっちの人が持っているスパイスや食材や道具はだいたい持っているから、安心するんでしょうね。食べることって、異国の人を理解するのに一番早い気がします。同じものを体内に入れる。それだけでわかりあえることがあると思う」
 目下の夢は、インドで体験した食文化をはじめとする「インド的活動」を日本でやってみたいそうだ。
 直線距離で日本から約6100キロ。でも、この台所がある限り、向こうにいるお母さんたちと心はつながっている。味もきっとつながっている。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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<69>大阪で知った、旬を食べるということ

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