花のない花屋

何を話したらいいかわからない父へ

  

〈依頼人プロフィール〉
加藤千春さん 42歳 女性
ドイツ・ボン在住
生物学研究員

    ◇

子どもの頃、父が怖かった。食事中にテレビをつければ、「メシを食うのも仕事のうちだ!」と怒鳴られ、部屋が散らかっていると、「何だこのブタ小屋は」と叱られる。さすがに女の子の私には手をあげませんでしたが、2歳下の弟は、殴られるときもありました。
父は努力家で、高卒ながらも部長クラスまで出世し、少年野球の監督もしていました。よその子どもたちとは長い時間を過ごしていましたが、家では寡黙なので、ずっと近づきがたい存在でした。

知らず知らずのうちに、私は親に甘えることがなくなり、大学の卒業式は「友達と行くから来なくていい」と両親の出席を断り、成人式には「きれいな着物を着たい」と素直に言えず、参加しませんでした。

大学に入ると私は日本とドイツを行き来するようになり、卒業後はドイツの大学へ入学。1年前に念願の博士号を取りましたが、学位授与式にも両親を呼びませんでした。

でもそのとき、父と母から別々に手紙が送られてきました。母とは普段からメールをしていますが、父とは何のやりとりもありません。父の手紙は3枚にもわたっていました。内容は年金のこと、母のこと、畑仕事を始めたことなど、他愛もないものでしたが、父は父なりに私のことを心配し、それと同時に認めてくれていることが文面から伝わってきました。

母や親戚は「いつ日本に戻るの?」と帰国するたびに聞いてきますが、そういえば、父だけは「帰ってこい」とは言いません。自分が苦労してきた人間だから、「大変だけど海外で頑張っている」という私の生き方を認めてくれているのでしょう。長年分かり合えないと思っていた父が、実は私の一番の理解者だったのです。

正直いうと、今でも父が苦手です。自分のことを話さない人なので、父を前にすると何を話していいのかわからなくなるのです。でも、今度帰ったときには、たとえ話すことがなくても、隣に座っていようと思います。父は私を理解しようとしてくれていたのに、父を理解しようとしなかったのは、私の方でした。

日本とドイツは遠く離れていますが、まずは手始めに、6月に68歳の誕生日を迎えた父にお祝いの花を贈りたいです。父と会話がないので、好きな色や趣味がわかりませんが、東さんのセンスでアレンジをしていただけたら嬉しいです。

  

花束を作った東信さんのコメント

僕も野球をやっていたので、少年野球の監督だったというお父さんの感じはなんとなくわかります。厳格で、寡黙で、でもきっと心のやさしい方なのではないでしょうか。

そんなお父さんに贈る花を考えたとき、浮かんだ色は「白」でした。白は清廉潔白、厳格なイメージ。大輪の白いキングプロテアを中心にして、その周りに白いカーネーション、トルコキキョウを差しました。外側のふわふわしたものはスモークツリーの花穂です。白のグラデーションで、中心から外側に向かって質感が変わっていきます。シンプルな中にぎゅっと想いを詰め込みました。

キングプロテアは枯れたらドライフラワーにもなります。これまでの親子の時間をかみしめるように、ゆっくりと楽しんでくださいね。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>「花のない花屋」まとめ読み

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「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
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詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

何を話したらいいかわからない父へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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