花のない花屋

小さな命、一緒に育んでくれた母へ

  

〈依頼人プロフィール〉
多和田真衣さん 32歳 女性
愛知県在住
会社員

    ◇

6年前、私は初めての子どもをスペインのマドリードで出産しました。留学中にスペイン人の夫と出会い、現地で暮らしていたので、それが自然の成り行きでした。

当時は出産についての知識がまったくなかったので、ひとりでも平気かと思っていましたが、母は出産とその直後の大変さを知っていたのでしょう。予定日の前後1カ月、スペインに滞在してくれました。

いざ子どもを産むと、母が近くにいてくれるありがたさが身にしみました。わからないことは何でも聞くことができたし、自分もこんなに大切に育てられてきたんだということを知って、感動しました。

そして母が帰国して3日後、日本に電話を入れました。受話器を取ったのは父でした。「お母さんは乳がんの手術を受けて、今入院してるよ。もうすぐ抗がん剤の治療が始まる」。そのとき初めて、母が深刻ながんに冒されていることを知りました。

私の出産予定日がわかった後に、発覚したのだそうです。すでに出産に立ち会うつもりでいた母は、手術の日程をのばしてスペインに来ていたのでした。もし私に知らせたら、「来なくていい」と言うのがわかっていたので、私にだけ秘密にしていたそうです。
自分の命より、娘の出産や新しい生命の誕生を優先してくれた母。後悔と感謝の気持ちで涙があふれました。
母の手術は無事成功し、幸いなことに今も元気です。長男は今年6歳になりますが、誕生日が来る度にあの頃の思いがよみがえります。

母は明るくて、一度決めたら突き進んで行く闘牛のような強さを持つ半面、周りを包み込むような優しさがあります。父の自営業を手伝っており、幅広い年代の友達がいます。コスモスのような、淡く繊細でやさしい感じのお花が好きなようです。
子育ての大切さを教えてくれた、愛情深い母に、改めて感謝の気持ちを込めてお花を贈りたいです。

  

花束を作った東信さんのコメント

素敵なお母さんですね。きっと親というのは、自分より子どもを優先してしまうものなんでしょうね。

そんなお母さんへの花ということなので、全体はふんわりとやさしいパステル系でまとめました。花畑を飛ぶ蝶のような花はエンシクリア。ランの一種です。

そして、そんなやさしい雰囲気の花々の周りにあるのが、赤いカーネーション。赤は強さの象徴です。強さの中に優しさのつまったお母さんをイメージしました。

リーフワークの代わりに、赤い花で囲ったのは今回が初めてです。エピソードを聞いて、この色の組み合わせが生まれました。

今はおふたりとも元気とのこと。どうぞ末永く楽しく暮らしてくださいね。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>「花のない花屋」まとめ読み

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「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

小さな命、一緒に育んでくれた母へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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