花のない花屋

下校する小学生を見守り続けた80歳の母に

  

〈依頼人プロフィール〉
岩澤葉子さん 52歳 女性
千葉県在住
パート勤務

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この夏、母は80歳の誕生日を迎えました。それを節目に、母は9年間続けてきた「見守り」を卒業する、と言いました。

「見守り」とは、小学校の下校時間に子どもたちを見守ることです。母は毎日、学校から300メートルほど離れた信号機の近くに立ち、子どもたちに「おかえり」と声をかけていました。そして、孫娘を見つけたら一緒に帰宅するのが日課でした。

そもそも母が見守りを始めたのは、9年前に栃木県で起きた悲しい誘拐事件がきっかけです。当時小学校1年生だった女児が下校中に誘拐され、遺体となって発見されました。こんなことがあってはならないと、父と母は孫娘の下校時間に見守りを始めました。

父は2年ほどで膝(ひざ)を痛めリタイアしましたが、母は細く長く、小学生たちを見守り続けてきました。子ども達に挨拶(あいさつ)はしますが、よほどの危険がない限り、余計な口出しは一切しません。喧嘩(けんか)の仲裁もしません。一度、「あなたは見守りをしているのに、うちの孫がいじめられるのを助けてくれなかった」と苦情の電話がきたこともあったそうです。

子どもの世界は壊さず、見守りに徹する。できそうでできないことです。ありがたいことに、母の姿を見て、1人、2人と見守りを始める人が増えていったようです。

ふだんから身ぎれいにして断捨離を実行している母は、引き際を考えていたのでしょう。傘寿(さんじゅ)という節目を前にした6月、あの栃木の事件の犯人が逮捕されました。「これで心配は何もないわ」。母は安堵(あんど)の表情を浮かべ、見守りを終えることを決めたのです。

少し遅い誕生日と「見守り」卒業のお祝いを込めて、東さんのお花を贈ります。

母は洋裁、編み物、お花が好きで、料理や家事も得意です。お洒落も大好きでシックな色が好み。いつも「今が一番しあわせ」と言っています。どんなお花がほしいか聞いてみたら、「花束なんてもらったことがないからわからないわ」との返事でした。明るい未来を感じさせるような花束をつくっていただけたらうれしいです。

  

花束を作った東信さんのコメント

誕生日と「見守り」の卒業、おめでとうございます。80歳とのことなので、傘寿の色とされる紫のグラデーションで全体をまとめました。

使ったのは、大ぶりでインパクトのある紫のダリアやカラー、美しい青が印象的なリンドウ、イエローが入った可愛らしい小花のカラマツソウ、しっぽのような形のベロニカなど大小いろいろ。青から紫へのグラデーションをつなげるため、ところどころに紫と白が混ざったトルコキキョウや青と白が混ざったリンドウを差しています。仕上げにベルテッセンというベルの形をしたつる性の花をのせて、動きを出しました。

しっとりとしたアレンジながら、明るさも出したかったので、リンドウの葉を生かしてグリーンを多くしています。草花も秋らしくなってきましたね。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>「花のない花屋」まとめ読み

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「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

下校する小学生を見守り続けた80歳の母に

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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http://azumamakoto.com/

PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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