花のない花屋

孫の私がわからなくなってしまった祖母へ

  

〈依頼人プロフィール〉
藤井万里さん(仮名) 42歳 女性
東京都在住
会社員

    ◇

10年ほど前に祖父が亡くなり、一人暮らしの祖母に認知症の症状が出始めました。火を消し忘れたり、しまったものを忘れたり……。最初はその程度だったのですが、一人暮らしは危ないということで、都内のグループホームに入居することになりました。

祖母は若い頃、体の弱かった祖父を支えながら、近所の小学校で“給食のおばさん”として働き、4人の子どもを大学まで入れました。もともと下町育ちの穏やかな人だったので、「ボケ始めた」と聞いたときも、あまり気付きませんでした。

私は8人いる孫の初孫だったので、特別かわいがってもらったのかもしれませんが、贔屓(ひいき)目に見ても、穏やかで優しく温かい人でした。子どもの頃は月に何度も会いに行き、そのたびに近くのデパートへ連れて行ってくれたり、朝顔市やほおずき市へ連れて行ってくれたり……。

7年ほど前に会いに行ったときはとても喜んでくれて、いろいろな話をしました。でも、トイレに立って戻ってくると、「どなた様でしたか?」と。会話は普通にできるのですが、私が誰だかわかっていないようでした。祖父が亡くなったことも理解してないようで、「うちのおじいさん、どこ行ったかね」とつぶやいたりしていたそうです。

それからは、「あなた誰?」と拒絶されたらどうしようかと思うと切なくて、同じ都内にいながら、足が遠のいてしまっています。

祖母は94歳。面会に行った両親からは、一人部屋で寂しい思いをしていると聞きました。贈り主が誰かわからなくてもいいので、祖母の気持ちが明るくなるようなお花を作っていただけないでしょうか。この機会を利用して、私も久しぶりに祖母に会いにいきたいと思います。

祖母は昔、家のベランダで紫陽花や朝顔などを育てていました。ゴージャスな花よりも、質素で素朴なお花が似合う気がします。よろしくお願いします。

  

花束を作った東信さんのコメント

おばあさまは家のベランダで植物を育てていたとのこと。エピソードを読んで、どこかあたたかい情景が浮かんできたので、その情景をそのまま花束にしてみました。

下の方にまとめたのは、やさしい色合いの紫陽花。ありそうでなかなかない水色です。その上に差したのはそよ風にそよぐような花たち。ニゲラ、トリカブト、ルリタマアザミ、ダンギク、サワギキョウ、リアトリスなど、淡い紫や青だけでまとめました。時計のような面白い形の花は、その名も「トケイソウ」。パッションフルーツの花です。日が当たると花が開きます。かわいらしい小花がたくさんあり、自然の野原みたいですよね。

認知症になっても、楽しい記憶や嬉しい記憶は残ると聞いたことがあります。この花を見て、いい思い出が少しでもよみがえってきますように。心を込めて作りました。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>「花のない花屋」まとめ読み

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

孫の私がわからなくなってしまった祖母へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


下校する小学生を見守り続けた80歳の母に

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