トリコロールの台所(「東京の台所」番外編)

番外編<4>半年かけたリフォームで見えたフランス

〈住人プロフィール〉
 主婦(日本人・女性)・39歳
 分譲マンション・2LDK サン・ジェルマン・アン・レー市
 入居2年・築約40年
 夫(ベトナム系フランス人・38歳・会社員)と2人暮らし

 フランスに渡ってまだ3年。結婚とフランス暮らしが同時に始まった。想像もしてなかった異国での日々に徐々に慣れていく自分をも、まるごと楽しんでいるようにみえる。お腹には赤ちゃんがいる。ベトナム系フランス人の彼は穏やかそうな表情で、「どうぞごゆっくり」と微笑みながら、挨拶をして仕事に出かけていった。初々しい。そういう言葉がふたりにも、この台所にもぴったりだ。
 広島市に生まれ、カナダ留学を経て、郷里の英会話スクールに勤めていた。その後、主任講師を任され、山口県岩国市に転勤した。
 ベトナム生まれのフランス育ちでパリ在住の彼はIT系のサラリーマン。日本に旅行できていた時に、友達の紹介で知り合った。2年後、家族でパリに行った折、ふと思い出して彼に連絡を取った。すると、彼女たち一行をそれは丁寧に案内してまわってくれた。
 半年後、その彼が突然、岩国にやってきた。そして、転勤してきたばかりの彼女にこう言ったのである。
「結婚を前提に付き合ってください」
 嬉しかったが、同時に戸惑った。彼女はこのとき、仕事が面白くてしょうがなかった。さらに、彼は言った。
「どうしても仕事が辞められなかったら、自分が日本に来るという選択肢もあります」
 20代だったら結婚してなかったかもしれないですねぇ、と彼女は笑った。
 留学までして目指していた英会話の講師の仕事をこのまま続けるか。フランスに渡って、新たな生活を始めるか。後者なら、まずは語学学校へ通うところから始め、自分のペースでゆっくり歩むことになる。かくして、1年後、彼女はパリ近郊で結婚式を挙げた。
「彼の両親はボートピープルでベトナムからフランスに渡った世代。彼も幼い頃、貧しかったそうです。両親は相当、苦労して子どもたちを育てたんじゃないでしょうか。でもね、ベトナムの人って、“従兄弟”までは“兄弟”の感覚なんです。親兄弟のように助け合い、支え合う。大家族でみんな仲良くて、いつも夫の家には誰かしら親戚が泊まっていました」
 義父は今も「お金がない」と言いながら、困っている人には何でもぽんぽんあげてしまう。夫は足りないものがあるときに、買おうとするのではなく、「ないなら、どう工夫しようか」とまず考える。それが彼女には魅力的に映った。
 新居も、そんな従兄弟たちに泊まり込んでもらい、中古のマンションを半年かけて自分たちでリフォームした。当初はすべてデザイナーと工務店にやってもらおうと思い、夫に何気なくたずねた。
「リフォームの相談したいんだけど、デザイナーはどこ?」
「えっ? そんな人いないよ」
「じゃあ設計は誰がやるの?」
「きみだよ」
 台所は、キッチン専門の業者に頼んだが、壁や床は自分たちでこしらえた。業者に頼むにしても、どのメーカーのキッチンで、どのパーツ、どのタイルを使うかまですべて、こちらから指示する。そのため、毎週末、タイルをはじめ、あらゆる材料屋に出かけた。
「リフォームをした知人がいると、見学に行って、あれこれと質問するんです。タイルだけで千種類以上あるし、選ぶだけでも大変なんですよ」
 この色とこの色は合うかとメーカーにたずねると、相手は必ずこう答える。
「それはあなたが決めることです」
 施工はするが、デザインやコーディネートは自分で。ローコストで理想の空間をつくろうとすると、フランスだとこうなる。
 好きなペンキの色がなければ、ホームセンターで調合してもらえる。壊れたら自分たちで直す。親戚一同でとりくむ家づくりは大変だけど、文化祭みたいでなんだかとびきり面白そうだ。
「家づくりをするとフランスのものの考え方や生活のありかたなど、いろんなことがよくわかるようになります。だから本当にやってよかったです」
 フランス風でも日本風でもない。無国籍の居心地の良さそうな広い台所は、とりわけ彼女のお気に入りの空間である。ここで毎朝、コーヒー、甘いパン、チーズ、ヨーグルト、トマト、果物を食べる。
「野菜も魚もまるごと売っています。青虫はついているし、ネギの間は土だらけ。最初は下ごしらえが億劫(おっくう)でしたが、やってみると魚の骨や野菜の芯からいい出汁(だし)がとれる。無駄がなくてぜんぶおいしいんですね」
 果物は日本では1年中同じものを売っているが、フランスでは季節ごとに旬のものしか手に入らない。プルーンだけでも何種類もあって、買い逃すと、シーズンが終わり、翌週にはもうない。そうやって、台所から季節を知るのだという。食料自給率100%のこの国のゆたかさをあらためて実感させられる。
 やっといろんな勝手がわかってきたところだと言う彼女。がんばりやの新米お母さんのフランス暮らしを想像するだけで、こちらまでほんのり胸が温かくなった。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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