トリコロールの台所(「東京の台所」番外編)

番外編<8>フランスのお母さんは忙しい

 読者の1通のメールから始まったフランスひとり旅。慣れぬカメラバッグと三脚をひきずり、サンジェルマン・アン・レー界隈の日本人のみなさんに本当にお世話になった。
 どの家も撮りどころが満載で、ついつい台所以外にも目がいってしまった。そうやって図々しく撮らせてもらった写真を中心に、記事には載らなかった取材のこぼれ話をご紹介したい。

フランス人が好きなもの

 チョコレート、ワイン、チーズ。この3種は、ほとんどの家にあった。写真が似てしまうのであえて外すこともあったほど。
 チョコレートは、年配の男性でも好きな人が多いと聞いて驚いた。チョコレート専門の職人ショコラティエという職種がある国ならではである。産地や気候で味が変化する。そこが少しワインと似ている。
 観光客にも人気のスーパー、「モノプリ」のオリジナルブランドのショコラが安くておいしいと教えてもらい、土産用にまとめ買いした。
 一方、日本のもので欲しいものはなにかをたずねると、次のような答えが返ってきた。
 焼き海苔(のり)、抹茶、胡麻(ごま)ペースト、セラミック包丁、ステンレス茶筒……。どれもフランスでは手に入りにくそうなものばかりだ。抹茶はブームで高価だという。
「海苔やお茶は売っているだけで御の字。質や味まで求められるほど種類がありません。日本に行くとおいしいものだらけで、それだけで幸せな気持ちになります」
 日本食材専門店にはなんでもあるのだろうけれど、そこに行かなければ手に入らないという不便さは今も変わらない。

日本のスポンジとフランスのスポンジ

 取材させてもらった7人の中では、日本の皿洗い用スポンジをまとめて買い置きしている人が多かった。繊細で器が傷つきにくく、泡立ちもよくてリーズナブルという点が魅力なのだそうだ。日本から買って帰り、親戚で分け合うという人もいた。
 ガラス用、鍋・グリル用というように日本ほど細分化された商品はないらしい。ただ、台ふき用のスポンジには感激した。乾燥すると海綿のように硬くなり、水分を含ませるとやわらかくなる。使い終わったあと雑巾のように広げて乾かす必要がない。
 狭い日本の台所で台ふきを乾かすと、意外に場所をとる。毎日漂白するわけではないので、汚れた布が始終広げられることになり、目にもつく。それが、スポンジ型なら、場所をとらず、皿洗い用スポンジと一緒に収納できる。夜使って洗って絞っておけば、朝は元通りに。
 こんな便利なものはないと、私はまたしてもまとめ買いした。フランスで暮らした経験のある友人に渡すと、「ああこれね」と懐かしそうだった。それほど昔からポピュラーなのに、日本にはなぜないのだろう。

お母さんは忙しい

 取材したサンジェルマン・アン・レー界隈は、夫婦で働かなくても生活していける富裕層が多い。それだけに、代官山のような優雅な街のイメージを持ってたずねたものの、実際にはだいぶ違っていて驚いた。
 とにかくお母さんたちが忙しいのだ。
 フランスでは安全のため、12歳までの登下校は保護者同伴が義務づけられている。共働きでない家庭では、小学生は昼食を家に帰って食べることが多い。そのため、お母さんたちは朝、学校まで送り、帰宅して家事をこなすと、昼にまた学校まで迎えに行き、昼食を食べさせてから午後の授業のために送り届け、何時間かしたら夕方、また迎えに行く――。
 取材を受けてもらっても「夕方4時までに終わらせてほしい」と言われ、きょうだいを抱えるお母さんはとりわけ時間のやりくりが大変そうだった。
 共働きや親が病気などの場合は給食が出るものの、学期ごとの事前申し込み制なので、ある日突然「きょうは用事があるので」といって頼むことはできない。
「働いている方が楽なんじゃないか、とため息が出ることもある」と口にする人もいた。
 彼女たちは細切れの時間の間を縫うようにマルシェに行き、パンを発酵させ、洗濯や掃除をする。一度に二つも三つも家事をこなす姿に、ずぼらな母である私は目を見張るばかりであった。

「手作り」は特別なことではない

 最近の日本では、手作りというとことさら尊く、えらいことのように扱われがちだが、フランスでは当たり前だ。どうしたら去年よりジャムが美味しくできるか。スフレがきれいに膨らむか。それぞれ研究に余念がない。
 そして、ものすごくおいしいジャムができたとしても、ひけらかさない。旬のものを余すことなく大事に使い切っただけ、という感覚がふつうにある。プルーンだけでも何種類もスーパーに並ぶ国の食文化、食習慣、家庭の食卓の豊かさを実感した。
 マルシェではほぼすべてが量り売りで、セロリなど株どころか枝1本から買える。調理の仕方や産地、品質についてなど、小さな買い物にもたくさんの会話がやりとりされる。一度、マルシェの買い物についていったら、「日本から来た友達です」と店主に紹介された。顔見知りだからこそのゆるやかな関係。スーパーやコンビニにはない体験である。
 帰国後、何がいちばん美味しかったかと聞かれ、答えに詰まった。パリのカフェやレストランに何軒も行ったのだが、ホームステイさせてもらった家の朝食がいちばん美味しかったからだ。
 近所に美味しいパン屋があって、朝早くに買いに行く。焼きたてのバゲットと手作りのジャムが数種類並ぶ食卓での幸福をどう説明したら良いのか。言葉にしたらただの「バゲットとジャム」になってしまう。この国のおいしさや豊かさを文字にするにはまだまだ修行が必要そうだということだけわかった。(おわり)

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM/
http://www.kurashi-no-gara.com/

番外編<7>第2の人生は音楽家たちとひとつ屋根の下

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