Woman’s Talk

〈Woman’s Talk〉こういうデコボコの感じでいいのかな 奥野史子さん×朝原宣治さん

11月22日(いい夫婦の日)にちなみ、今号はともに五輪銅メダリスト、元陸上選手の朝原宣治さんと元シンクロナイズドスイミング選手の奥野史子さんのご夫婦対談をお送りします。

頑張っても上がいるんで、認めてもらえない(笑)

 対談前、若い選手を連れて護摩行を行ってきたという朝原さん。到着するや、奥野さんが「どうだった?」、朝原さん「ヤケドした」。おっとり、柔和な夫、賢くてしっかり者の妻、の印象。結婚12年目、3人のお子さんがいる。

 僕はプラス志向で適当、なんとかなるさとやっているけど、そこを切り盛りしてくれている。いい母親で、家庭のいいマネージャー。でもそれでよく喧嘩にもなる。僕が予定を言わなかったり、気を使わなかったりで。

 忙しいのもわかるけど、子どもの行事にもう少し関心をもってほしいとか、一つくらいは顔を出してほしいとか。

 沸点を超えると、急に怒るんで、なんで怒るのか、よくわからないときがある(笑)

 細かいことが積もり積もって。仕事、子育て、学校行事……、日々ギリギリの状態で、でもいろんな人に支えられている状況を理解してほしいと。でも子どもたちとちゃんと向き合える人なので、そこはいいパパだね。

 まわりの旦那さんたちがすごくて、頑張っても頑張っても上がいるから、認めてもらえない(笑)

 ゆったりな人だから、私が余計やらなきゃって思う。でもこういうデコボコの感じでいいのかな。

大学の同級生。入学直後の5月から交際。未来の妻は20歳で五輪銅メダリスト。朝原さんは刺激を受けたという。結婚は11年後だ。

 なぜ続いたか、今やわかりませーん(笑)

 ははははは。

 身近にはない競技にまず興味を持ち、話してみたらすごくピュアで素直な人だった。

 私はザ・体育会系の人は苦手だったけど、彼はシュッとして爽やかで。

 下宿に電話が入った日に番号を渡して。

 現役の時は、悩みは全部、ぶちまけていました(笑)

 お母さんからも同じくらい相談を受けた。僕は何かわからず、ひたすら聞いて……(笑)

 ははははは。大学卒業後、私は東京で仕事、あなたはドイツやアメリカ、ずっと離れて暮らしていたので、もう終わりかなと思う時期もあった。でも私がラスベガスでショーに出るようになり、あなたもテキサス。また距離が縮まり、結婚に到るということですね。

人として尊敬できることがすごく大事

2008年、夫は北京五輪で銅メダル獲得。会場で涙する妻の姿が印象的だった。

 競技者として長く続けてきたお陰で、父親になり、家族ができ、会社もあり、色々なものを背負って一緒の歴史を歩んできた結果メダルがとれたことで、選手としての喜びだけでなくすべての集大成という感じだった。

 あの時は長女が川崎病という病気になっていて、北京は見に行けないなと諦めていた。でも直前に、主治医の先生が「パパの晴れ舞台を見せてあげなさい」と、ほんまに急遽行ったんです。だからあの会場でいろんなことに感謝の気持ちがものすごくありました。

 来ないと思っていたので、ビックリした。

 私の五輪はまだ人として未熟な時で、選手としても対照的。夫が頑張り続けていることを尊敬していたし、最後にいい結果も出て、スポーツの奥深さも感じました。

 さっき、いまや何がいいかわからないと言ったけど(笑)、人として尊敬できることがすごく大事だと思う。お互いの世界観や価値観を認め合える夫婦はいいね。

 私も第一は尊敬できるかどうか。私たちなりの夫婦の形ができたらいいな。そのうえでそれぞれが一人で好きな時間を過ごすのもいい。でも旅行は家族でよく行くね。

 今年はハワイの予定が北海道に(笑)。

 ははは。ハワイに行く3日前に私のパスポートが切れていることがわかって、そんなことやったことなかったのに、「ちょっとパパ、私のパスポートが切れていたの」と。

 すごい顔して部屋にきた。

 そしたら「しょうがないやん」って。そういう時の対応がいいね(笑)

 そのために護摩行してるんです(笑)。

撮影:垂見健吾/文:追分日出子/スタイリスト:井谷祐子

    ◇

おくの ふみこ(スポーツコメンテーター)
1972年京都市出身。1992年、同志社大学2年の時バルセロナ五輪のシンクロナイズドスイミングで銅メダル獲得。2000年から02年までシルク・ドゥ・ソレイユに所属、ラスベガスの舞台に立つ。現在、スポーツコメンテーター、京都市教育委員。お二人は2002年結婚。小学5年、2年、3歳の3児の母。

あさはら のぶはる(大阪ガス勤務)
1972年神戸市生まれ。同志社大学時代、100mで10秒19の日本記録樹立。以降、日本記録を3回更新。ドイツなどに陸上留学。2008年、自身4度目の北京五輪で4×100mリレーで銅メダル獲得。同年9月、現役を引退(36歳)。大阪ガス勤務。

■この記事は、2014年11月5日付本紙朝刊「ボンマルシェ」特集のコーナーの転載です

常に自分に足りないものを求めてきた 由紀さおりさん

一覧へ戻る

〈Woman’s Talk〉未来の自分が楽しみと言える生き方をしたい 田丸 麻紀さん

RECOMMENDおすすめの記事