鎌倉から、ものがたり。

駅前のバザール内で天然酵母パンづくり/パラダイス・アレイ

市場の中にある店は、中近東のバザールの雰囲気が

 JR鎌倉駅前に、観光客は足を伸ばさないけれど、よその土地の人にも大人気という不思議な場所がある。鎌倉市農協連が運営する「鎌倉中央食品市場」、通称「レンバイ」だ。バラック建てのそっけない造りの中に、地元の農家が作る鎌倉野菜が雑然と並ぶだけ。少しの媚びもない。だからこそ、わくわくする。

 その一画に、中近東のバザールを思わせる店がある。勝見淳平さん(40)の営む「PARADISE ALLEY(パラダイス・アレイ)」。自家製天然酵母パンのカフェとショップだが、勝見さんいわく「店というより、休憩所みたいなところです」。野菜の売り買いをする人たちが、さっと寄って、ささっと食事をとっていく。そんな日常の光景を思い描いて、2006年1月にオープンした。

 鎌倉生まれの鎌倉育ち。東京などで「鎌倉出身」と言うと「いいね!」と返されることが多いが、自分の中では「歴史とか文化とか言われても、どこがいいのか分からない」状態だった。むしろ、子ども時代の思い出としては、どんどん観光地化、画一化して、好きだった映画館や店がなくなっていく様子の方が記憶に残っている。

 10代のころは、バブル景気を脇に見ながら、「どうしたら、決まりきった社会システムに取り込まれないで、生きていけるか」を意識していた。両親世代が青春を過ごした1960年代の、ヒッピーやコミューンの思想に惹かれたが、ムーブメントはとっくに終わっている。「社会のピラミッド構造から抜けただけでは、何もできない」という冷めた距離感を持たざるを得なかった。

 「いかに遊び続けるか」というテーマを胸に、19歳で代官山のパン屋の仕事に就いたが、夜遊びにハマって早朝出勤が続かなくなり、あえなく挫折。都会の夜の喧騒には抗いがたい魅惑があったが、その時、しみじみと実感したのは鎌倉のよさだった。

 「海と山があって、気持ちの逃げ場がある」

 鎌倉に戻った後に、地元との縁は急速に深まっていく。後に辻堂の海岸でニューウエーブの海の家、「SPUTNIK(スプートニク)」を運営することになる野村訓市さんらと知り合い、99年から5年間、自身もプロジェクトに参加。仲間を得たことで、「やりたいことをやり続けて生きる。そんな形があるんじゃないか」と、目指す先がうっすらと見えてきた。

 転機は「旅」だ。スプートニクに参加した後、誰からともなく「やっぱ、動きたいよね。旅だよね」という声が上がった。仲間はみな、旅に生きるような人たちばかりで、勝見さんも野村さんと一緒にヨーロッパ放浪旅行などにたびたび出かけていた。

 あるとき、男性ばかり12人のチームで、改造した大型バスに乗り、北海道から沖縄まで日本を縦断する計画が立ちあがった。仲間が調達してきたバスは、なんと赤い2階建てのロンドンバス。

 「そんなものを広告用に持っている人がいて、貸してもらったんです。まあ、僕も驚きました(笑)」

 バスは1階にキッチンを、2階の半分にDJブースとサウンドシステムを設えて、正面にはピースマークのエンブレムを飾った。同行するトラックにはスケートボードのランページ(滑走台)を、ワンボックスカーにはドーム型のテントも積み込んだ。自由と平和を掲げて、いざ、苫小牧から出発。すると、30キロも行かないうちに横転……。

 「僕が運転手役だったんですが、直前に15分くらい練習をしただけ。水を大量に積んでいたから、バランスが狂ったんでしょうね。幸い、道路脇の木に寄りかかって止まったんですが、みんな、もう茫然です」

 アメリカのビートニク世代をなぞった旅は、ドタバタの中で進んでいった。(→後編に続きます

    ◇

 今回からはじまる「鎌倉から、ものがたり。」は、2013年1月から翌年4月まで連載した「葉山から、はじまる。」のパート2になります。

 街の真ん中に康平6年(1063年)発祥の鶴岡八幡宮があり、由緒ある神社仏閣の宝庫。山側は鬱蒼とした森に谷戸が重なり、「切通し」と呼ばれる独特のトンネル遺構が残る。太平洋側は由比ヶ浜、材木座、七里ヶ浜と、それぞれに個性的な海岸を抱える。重層的な時間軸と、多様な風景の中に、人々の暮らしが受け継がれているのが、鎌倉という土地です。

 前シリーズでめぐった葉山、逗子が日本におけるアメリカ西海岸的な「ヴィレッジ」だとしたら、歴史と格式が凝縮する鎌倉は、東海岸のような位置づけになるかもしれません。

 そんな街にもかかわらず、いえ、むしろ歴史的な古都だからこそ、因習にとらわれず、個人の自由に立脚した生き方と仕事のあり方を探る動きが活発です。

 大きなテーマは「葉山から、はじまる。」と同じく、「価値観の転換」ですが、鎌倉ならではの色合いを見つけながら、一つひとつの「ものがたり」をお届けしていきます。

(後編はこちら

店は勝見さんが仲間たちとつくった

店は勝見さんが仲間たちとつくった

ランチとともに朝7時からのモーニングも人気

ランチとともに朝7時からのモーニングも人気

勝見淳平さん。かたわらには焼きたてのパン

勝見淳平さん。かたわらには焼きたてのパン

カフェスペースの雰囲気は、まさに「市場の休憩所」

カフェスペースの雰囲気は、まさに「市場の休憩所」

市場だけでなく、近隣で仕事をする仲間たちが、しょっちゅうたずねてくる

市場だけでなく、近隣で仕事をする仲間たちが、しょっちゅうたずねてくる

若宮大路に面している「鎌倉中央食品市場」

若宮大路に面している「鎌倉中央食品市場」

<鎌倉から、ものがたり。>バックナンバー

PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

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旅の終わりの虚脱から生まれたパン屋/パラダイス・アレイ

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