東京の台所

<83>7歳下の彼の胃袋つかむ中古の根城

〈住人プロフィール〉
 会社員(女性)・31歳
 賃貸マンション・1K・東京メトロ 東西線 葛西駅(江戸川区)
 入居2年・築22年
 ひとり暮らし
 駅から遠い。古い。4階だというのにエレベーターがない。でも2年前、彼女は迷わずこの部屋に決めた。
「台所が広かったんです。ひとり暮らしには十分すぎるほど、シンク下と吊り戸棚の収納が充実している。これだけ広かったら、駅から歩くのなんて全然気にならないです」
 越してまもなく、恋人ができた。その影響もあって、この台所での料理がますます好きになった。彼は7歳年下。なんでもよく食べる。そして、日本酒関連の仕事をしている。
「お酒に合うおつまみや、食事とお酒の組み合わせを考えて作るようになりました。器と料理のコーディネートを考えるのもまた楽しい。頻繁に遊びに来るので、ふたりして太ってしまいました」
 そういわれてみれば、こころもちふくよかかなと、私は思わず噴き出した。

 会社には弁当を持っていく。これは前に勤めていた会社からの習慣だ。コンビニ弁当に飽きたのがきっかけだが、作り出したらハマったという。
「おかず作りだけでなくお弁当箱や容器にも凝り始めました。お弁当作りって伝染するようです。前の会社もいまの会社も、まわりがだんだん持ってくるようになって。男性もお弁当って気になるみたいで、『きょうは何のおかず?』なんて、会話が増えるんですよ」
 冷蔵庫が小さいので、食材は毎日、会社帰りに買って使い切る。トマト缶やオイルサーディンの缶詰など、保存食も利用して献立を工夫している。お茶は冷蔵庫に入らないので冷やさず、毎回小鍋で湯を沸かして飲みきるようにしている。

 こんな倹約家で料理好きな彼女を見つけた彼は幸運である。でも7歳違い。彼女の両親は反対しなかったのだろうか?
「私は3姉妹で男の子がいないので、父は飲み相手ができてうれしかったみたいですね。交際させてください、と彼が実家に言いに行った日もふたりですごく飲んでました」
 その晩、酔っ払った父は彼にいきなり聞いたという。
「娘のどこが好きなんだ?」
 その答えがふるっていて、このカップルはきっとうまくいくと私は確信してしまった。
「食べているところです」
 だがしかし、愛した台所とはまもなく別れなければならない。お腹の子と3人で暮らすには狭いからだ。近々、籍を入れるという。つまり、ふくよかとはそういうわけなんである。次の台所でもお幸せに!

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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<82>心臓病から3年、いまや料理の連載まで

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<84>建築家夫婦 阿佐ケ谷の小さな家で

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