東京の台所

<84>建築家夫婦 阿佐ケ谷の小さな家で

〈住人プロフィール〉
 建築士(女性)・42歳
 戸建て・2DK・中央線 阿佐ヶ谷(杉並区)
 入居10カ月・築10カ月
 夫(51歳・建築家)とふたり暮らし

 結婚7年。千葉県の松戸に住んでいた。「やっぱり一度は街に住みたいなあ」という思いを建築家の夫は年々募らせていたという。
 不動産屋から5軒目に案内されたのが阿佐ケ谷の土地だった。いまから思えば不動産屋の巧みな手管にまかれたのかもしれない。土地を案内されたあと、こう言われた。
「近くの商店街がすごくいいですから、帰りは駅までおふたりで歩いてみたらいかがですか」
 15分歩いただけで、ふたりは決めてしまった。予算も足りないし、安い中古をと思っていたのに、土地から購入することになるとは想定外だ。それでもいいな、と意見が一致した。
「お肉屋さんからコロッケの匂いがして、小さなお煎餅(せんべい)屋さんやジェラート屋さんがあって、懐かしさや親しみを感じました。自分がここで生活をしているイメージがありありと想像できたのです」
 と彼女は言う。
 翌日、仮契約をした。価格の高い角地はあきらめ、狭いほうの土地にした。狭小住宅になってしまうが、それもまた腕の見せどころだ。彼女も設計事務所に建築士として勤めている。建築が専門のふたりで共に取り組む初の作品である。
 しかし、できた家はいい塩梅(あんばい)にものがあふれていて、生活感があり、ミニチュアシュナウザーのルッコラちゃんものんびり歩き回っていて、居心地がいい。デザインにとんがった主張がなくて、人をほっとさせるあたたかさがある。ふたりは口を揃えて言う。
「デザインとは、生活を楽しくするための工夫や居心地よさを考えること。それがいちばん大切だと思います」
 42歳と51歳。生活とは何かを知っている、地に足の着いた建築家の夫婦だからこそ、という気がした。
 夫が台所以外の設計をすべて担当。妻は台所。1階は、4.8畳の台所と3.8畳のダイニングのみだが、庭のデッキテラスが視覚的に広がりを持たせている。スキップフロアでリビング、書斎、寝室をつなぎ、吹き抜けの天井からも開放感が得られる。
 狭いながらも、フロアごとの領域が確保され、視線が縦横に広がり息苦しさがない。都市生活には最適な、よくよく考えられた住まいである。
 ところで、なぜ「一度は都会に」と思ったのか。兵庫出身の彼に聞いてみた。
「スイスを旅したときに痛烈に実感しました。たとえばジュネーブは国連本部が置かれる国際的な都市ですが、東京はその比じゃない。日本の首都というレベルを超えた、世界的に稀有な成熟した大都市です。世界的な都市とは、ロンドン、ニューヨーク、パリ、東京の四つだなと。そういう都市に一度は住んでおきたいと思ったのです」
 建築を生業とする人間にとって、東京に暮らすことは何にも代えがたい実験と実習のひとつなのかもしれない。彼女の視点はもう少しミクロだ。
「阿佐ケ谷は個人商店が多いのですが、店主のプロ意識が高いのです」
 八百屋で「このじゃがいも、芽が出ていますよ」と言ったら、「じゃがいもは春に収穫してから1年間寝かすもの。だから冬から春にかけてはこういうのがあるんだよ」と教えてくれる。靴の修理屋に靴擦れを相談したら、パットのあて方を教えてくれる。
「この年になるまで知らなかったことばかり。ひとつの質問に対してしっかり答えてくれる。生活の技術が高いなあと思いますね」
 生活の技術が高いまち、阿佐ケ谷。それを知っていてふたりを案内したとしたら、土地を売った不動産屋は確信犯。生活の技術の高さを理解している彼こそプロだと言えよう。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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