鎌倉から、ものがたり。

鎌倉という長屋で、銭湯のような食堂を/食堂コバカバ

定食(950円)の一例は、食堂コバカバの人気定番、麻婆豆腐

>>「食堂コバカバ」前編から続きます

 ユニークな鎌倉野菜が並ぶ鎌倉中央食品市場(レンバイ)の、すぐそばにある「食堂コバカバ」では、料理好きな6人の女性たちが交代でキッチンに立っている。その中には、お母さんとして毎日、家族においしい食事をつくり続けている人もいる。

 「本格的な料理人じゃなくて、ちょっと粋な料理を出す下宿屋のおばちゃん、みたいなイメージに、みんな憧れているんです。で、僕はその裏方。自分では銭湯の番頭さんのような存在だと思っています」。そう笑うのは、店主の内堀敬介さん(38)だ。

 8年間勤務したスターバックス・ジャパンを辞めて、実家のカバン店の跡に食堂を開こうと決めたとき、内堀さんはそこを、まさしく町の銭湯のような場にしたいと思った。

 「出入り自由。一人でいてもさみしくない。かと思えば、今日はあの人に会えた、この人と会えた、とおしゃべりをするのもいい。老若男女みんなをつなげて、情報交換の場にもなる。ほっこりしていながらも、町の『ハブ』であり、『メディア』でもある。つくりたかったのは、そんな場所です」

 そのキーワードが「カフェ」ではなく「食堂」というのが、内堀さんのセンスだ。

 「僕自身、コーヒーが大好きですし、コーヒーが暮らしにもたらす豊かさは実感しています。ただ、コーヒーはやはり嗜好(しこう)品。町に交差点をつくるなら、すべての人の共通項目である『ごはん』を中心に置きたいな、と。街のインフラであり、スパイスでもある食堂の新しい役割に、すごく可能性を感じたんです」

 スタートしたときは、内堀さんと母と姉との3人だったが、今は地域の女性たちが運営を担うになり、「家族のお店」から「地域(みんな)のお店」へと、いい具合に進化した。

 コバカバでごはんを食べるお客さんは、家に帰ると家族にごはんをつくる主婦が多い。だからなのか、ここではつくる人と食べる人との垣根が低い。4歳になる息子の蓮太郎くんは、「食堂ベイビー」として、まさに家族的な雰囲気の中で育っているし、スタッフの子どもたちも学校が終わると店に集まってくる。

 内堀さんは会社員になる前から、音楽活動をずっと続けていた。ルーツミュージックに惹かれ、第三世界への旅も繰り返した。そこから、ビジネスとコミュニティーが融合する、自分たちの世代の仕事と生き方を探ってきた。

 鎌倉では今、内堀さんのような40歳前後の人たちの活躍が目立つ。職業はショップオーナーに限らず、IT会社や企画会社の経営者やコンサルタント、ミュージシャン、職人とさまざまだ。多様な背景の仲間を、ゆるやかにつなぐのは、内外の別なく「鎌倉の町が好き」と思う気持ち。そのつながりの中から、人気の催しも生まれている。

 たとえば「グリーンモーニング・カマクラ」は、毎月第3日曜日に開かれる、食と音楽のコミュニティーイベントだ。コバカバの定食だけでなく、「パラダイス・アレイ」のパンなど、鎌倉ならでは朝ごはんを目当てに、地元以外から訪れる人も多い。アコースティック音楽のCDを出している内堀さんも、時にミュージシャンとして参加する。

 12月には「鎌倉1日無銭旅行」と名付けた恒例のイベントも、仲間うちで催された。お金の価値を見直すために、無銭で町を楽しもうとするもので、物々交換をしたり、窓拭きや掃除をしたりすることでコーヒーやハーブティーを出してもらったり。夏は夏で、朝ごはんや朝ヨガ、座禅など、鎌倉の“朝活”を楽しむためのフリーペーパー「グッドモーニング・カマクラ」も発行している。

 「僕たちは、鎌倉の町を大きな長屋ととらえているのかもしれません。その中で、みんなが楽しめることを、みんなで考えるのが大好きなんです」

 毎日発信するツイッターとフェイスブックには、その日のごはんの写真とともに「まいにち変わる、まいにち新しい」という言葉を添えている。日々変化しながらも「食堂」という日常を中心にすえ、活動を広げる内堀さんのスピリットは、これからも変わらない。

光がたくさん入って明るい店内

光がたくさん入って明るい店内

スタッフがきびきびと働く台所からは、水音や包丁の音が聞こえて

スタッフがきびきびと働く台所からは、水音や包丁の音が聞こえて

鎌倉在住のイラストレーター、大石香織さんの作品は、鎌倉野菜がモチーフ

鎌倉在住のイラストレーター、大石香織さんの作品は、鎌倉野菜がモチーフ

食堂コバカバ特製のしょうゆやめんつゆ、茶葉も店頭に

食堂コバカバ特製のしょうゆやめんつゆ、茶葉も店頭に

壁にかかっている時計はカバンの形

壁にかかっている時計はカバンの形

往来と店をつなぐ看板には、ほっとする飲み物メニューが

往来と店をつなぐ看板には、ほっとする飲み物メニューが

<鎌倉から、ものがたり。>バックナンバー

PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、92年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、『観光亡国論』(アレックス・カーと共著・中公新書ラクレ)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

スタバ辞め、「家庭のごはん」出す食堂に/食堂コバカバ

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システムエンジニアから転じた焙煎人/石かわ珈琲

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