東京の台所

<89>イライラも消え、正月太りとは無縁に

〈住人プロフィール〉
 フリー編集者(女性)・54歳
 戸建て・3LDK・JR中央線 西国分寺駅(国分寺市)
 入居21年・築21年
 ひとり暮らし

 40歳を過ぎた頃から、正月太りが気になるようになった。アメリカでマクロビオティック(自然食)を学んできたいとこから話をきいているうちに興味がつのり、いつしか菜食生活になっていた。
「最初のころは、物足りないから塩を強めにすることもあったのですが、次第にそれほど味つけをしなくても食べられるようになりました。キャベツは蒸しただけでもおいしいですしね。味覚が変化したのでしょう」
 変化はほかにもある。幼稚園の頃から悩んでいた肩こりがなくなった。そしてイライラが消え、怒らなくなったというのである。
「お酒が好きで晩酌もしますし、人と外で食べるときはこだわらず何でも食べます。ストイックにマクロビを追求しているわけではないので、ストレスもなく続けられるのかもしれません」
 ただ、外食が続くと胃が重くなり、体調も鈍る。外での昼食に困るようになり、仕事場には毎日、弁当を持参している。外食はハレの日のもの。毎日はよくない、と自分の体から教えられた。

 食卓からくるりとふり返ると、ガス台の鍋の中をのぞける。豆や野菜をコトコト煮ながら晩酌する時間は至福だ。夕食は毎日夜の8時ごろから1時間半ほどかけて、飲みながらつまみ、ゆっくり楽しむ。疲れたときほど自分の料理が食べたくなる。
 ところで、この家に入居したときはパートナーがいた。冗談めかして彼女は言う。
「食生活が変わったのも離婚に影響しているのかな。私は豆腐でも、彼はお肉で。おひたしを出すといかにも物足りなそうで、彼はじゃばじゃば醤油(しょうゆ)をかけたりして。同じ食卓で違うものを食べていたら、そりゃあ心も少しずつ離れていきますよね」
 なんだよおまえ、気取ってんなあと言われたこともある。どちらかが悪いということではない。ただ、食べるものが変わっただけ。もう過ぎたこととでもいうように、彼女はこう言って、明るく笑い飛ばした。
「男とおひたしは相性良くないのよ、きっと!」
 野菜嫌い、濃い味つけ、肉食という中学生のような味覚を持つ男性を軽やかに斬り捨てる言葉に、私はひどく感心したのである。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM/
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