東京の台所

<91>夢ふくらませるバルコニーからの青い空

〈住人プロフィール〉
 会社員(女性)・41歳
 賃貸マンション・1LDK・JR山手線 目黒駅(品川区)
 入居1年・築15年
 夫(会社員・35歳)のふたり暮らし

 住人の女性は独身時代、1Kの部屋に住んでいた。同じマンションの最上階には広いバルコニー付きの1LDKの角部屋があることを知っていた。

「間取り図をながめていただけで、実際の部屋は見たことがなかったのですが、きっと明るくて気持ちがいいだろうなあ、いつか住みたいなあと憧れていたのです」

 そんな彼女が、趣味の殺陣の教室で知りあった彼と結婚することに。さっそく管理会社に連絡すると、担当者の返事はすげなかった。

「マンションができた15年前から同じ人が住まわれていて、僕らも部屋を見たことがないんですよ。きっと退去されないと思いますよ」

 ふたりは1Kで暮らしながら、かの部屋の集合ポストの前を通ると、立ち止まって手を合わせた。

「どうか、ご栄転されますように」

 しかし、何カ月待っても空きそうにない。あきらめて、もう少し広い別のマンションに越そうかと思っていた矢先、不意に退去の連絡が来た。もちろん、ふたりは部屋も見ずに「借ります!」と即答した。

 かくして入居した部屋は窓がたくさんあり、想像以上に明るく、朝から気持ちが良い。東京タワーとスカイツリーの両方が見えるのは住んでから知った。南と東の2面にあるバルコニーで夏はビールやランチを楽しみ、ホームパーティーのときはリビング代わりに使っている。

「入居して、ますます好きになりました」と彼女は満足そうだ。

 台所の家具やテーブルのレイアウト、器やカトラリーの収納はすべてホームパーティーを前提に考えたという。リビングの角には、酒類を収納するキャビネットがある。皿やグラスも、誰もが取り出しやすくしまいやすいようオープン収納にした。台所とリビングを仕切るカウンター兼器の収納棚は、夫がホームセンターでカット不要の規格サイズのパーツを買ってきて作った。シンプルなものだが、来客にも大好評という。

 毎月1回、ホームパーティーを開いている。通称“月例会”。「仕事でもないのに、なんの月例会だかわからないんですが、いつしかそう呼ぶようになりました」と彼。

 あらかじめ「おでん」「スペイン」「ドイツ」など料理のテーマを決めて、思い思いの料理やお酒を持ち寄り、温かいものは住人夫婦が担当する。会費は千円、片付けもみんなで。そんな気楽なルールが集まりやすくしているのか、ときには20人になることも。

 いまは、都会暮らしを満喫しているが、ゆくゆくは夫の実家がかつて営んでいた宮城の酒蔵を復活させたいとのこと。酒米のこと、雇用のこと。壮大な夢を2人は子どものように目をきらきらさせて語る。酒蔵というのがいかにも彼女たちらしい。

 そうか、この部屋は夢実現のためのアジトでもあるのだな。バルコニーに広がる青い空をながめながら、こんなものを毎日見ていたら夢もふくらむよなあ、としみじみ思った。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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