花のない花屋

恋人でも友人でもない、東京の彼に

 

〈依頼人プロフィール〉
大澤みゆきさん(仮名) 38歳 女性
岩手県県在住
管理栄養士

    ◇

私と彼の関係を的確に表す日本語が見当たりません。「恋人」でもなく、「友人」ともちょっと違う気がする……。尊敬しているけれど、そんなにカタイ関係でもなく、お互いとても大事に思っている存在。英語の「Dearest」というのが一番しっくりくる、そんな感じです。

もともとは、私が勤務する岩手県の病院を担当する営業マンでした。2012年ごろから取引が始まり、月に1~3回ほど定期的に訪問してくるようになりました。病院側の窓口である私とは、「メーカーと顧客」というおつきあいでした。

でも、彼は製品の営業トークはあまりしない(笑)。患者さんや治療の課題の話をしたり、お互いの生い立ちの話をしたり(ふたりとも岩手県の沿岸部育ち)、「最近、こんな本がおもしろかった」「雑誌にこんな特集があった」「あそこの温泉がよかった」など、いろいろとおしゃべりしました。コーヒーが好きだったり、読書傾向が似ていたり、感性が似ているので、勤務時間が終わっても話し続けることがよくありました。

ひとつ、忘れられない出来事があります。あるとき、訪問診療をしている医師から聞いた話を彼にしたことがありました。仮設住宅で寝たきりの妻を抱えた夫が、妻に処方された栄養剤を焼酎に入れて飲んでいる、というのです。妻のことは大切に思っているし、よくないことをしているのもわかっている。でも、介護を含めた今後の生活のことを思うとやるせなくて、ついそうしてしまう。それを隣でみた医師が黙って帰ってきた、という内容でした。

私としては世間話のつもりでしたが、下を向いたまま黙っていた彼の目から1粒の涙がこぼれたのです。その涙に心がえぐられる思いがしました。

ああ、この人は、人が生きるということに真摯に向き合える人なんだ。私は目の前にいる患者さんの人生に慣れたふりをしていなかったか? 医療者である前に、人であることの尊さを彼の涙から教わりました。これは今でも私の仕事の原点で、ことあるごとに反芻しています。

そんな彼が、13年の春に突然、東京へ転勤になりました。この1年ほど、仕事用の携帯でときどき連絡をとりあったりしていますが、遠く離れて、「こんなにも伝えたい思いがあったんだ」ということに気づき、我ながら驚いています。たとえ何時間語っても足りない、その思いの断片だけでもお花に託し、「応援しているよ」という気持ちを伝えたいです。

彼は大学で彫刻を専攻していたそうで、センスがよく、いつもおしゃれです。私たちはふたりとも赤が好きなので、ワンポイントに赤をつかってもらえたらうれしいです。

 

花束を作った東信さんのコメント

おふたりが好きだという「赤」をキーカラーにしてアレンジを考えました。使ったのは、パーロット咲きの赤いチューリップ。花びらの縁がフリル状になった種類です。チューリップは切ったあともぐんぐん伸びていきます。彼のピュアなところや、まっすぐに生と向かっている姿がチューリップと重なったんです。

立体的に束ねていきましたが、日の光が当たる方へ動いてくので、お部屋に飾ってからの変化も楽しんでみてください。

チューリップの隣に置いたのは、アガベ(リュウゼツラン)。メキシコのお酒、テキーラの原料にもなる植物です。よく見ると葉にいろいろな模様がついているんですよ。お花が終わった後あとも植え替えて育てられます。

リーフワークはルスカス。大きい葉と小さい葉を重ねています。ふだんより多めに使い、後ろから見るとリーフワークがメインのように見えます。

彼は大学で彫刻を専門にしていたとのこと。花も彫刻的で、うねりのあるアレンジにしてみました。

 

 

 

 

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

恋人でも友人でもない、東京の彼に

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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