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<9>三軒茶屋に月の満ち欠けのような空間

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 古い雑居ビルにへばりつく、黄ばんだトタン屋根の古びた階段。登り切った先にある木の扉を開けると、外観からは想像もつかない、静謐(せいひつ)な空間がある。

 日中は窓から自然光が差し込み、柔らかな雰囲気に包まれる。夜になるとまた違った表情を見せる。その変わりゆく様は月の満ち欠けのようでもある。

「路地裏なんですけど、窓のシェードを上げると意外によく月が見えるんですよ」

 そう話すのは「MOON FACTORY COFFEE」店長の高橋美賀さん。コテ跡のついたグレーの壁面、座り心地の良さそうな木の椅子、店内の随所に飾られたアンティークの小物や草花など、細部に髙橋さんのセンスが宿る。

 かつて、フランス雑貨店で働いていた。いずれ独立したいと考えながらも、どう実現させたらいいかが見えず、もやもやとした思いを抱えていた。そのころ、良き相談相手だったのが、雑貨店の先輩で、京都で「ELEPHANT FACTORY COFFEE」を営む畑啓人さんだった。

 2011年、畑さんから、「東京にお店を出したいんだけど」と声をかけられ、高橋さんは都内で物件を探し始めた。まもなく、東日本大震災が起きる。街が落ち着きを取り戻すのを待って物件探しを再開したものの、なかなか思うようなものは見つからない。

 あるとき、候補には考えてはいなかった三軒茶屋を歩いていると、飲食店などが密集する“三角地帯”の外れにある、古びた建物が目に入った。

「この近くにある居酒屋に来るたび、いつも真っ暗で、窓にはボロボロのカーテンがかけてある建物のことが気になっていたんです」

 オープンから3年半。薫り高いコーヒーと安らぎのひとときを大切にする人たちが集う場となった。

「都会の人ってみんな本当にがんばっていて、疲れてる人が多いなって思います。でも一人でほっと安らげる時間ってとても贅沢(ぜいたく)だと思いませんか?」

 高橋さんは優しい笑みを浮かべて訪れた人を迎え入れ、カウンターでコーヒーをドリップする。人はいつも、空に浮かぶ月に癒(いや)されてきた。高橋さんもまた、三軒茶屋に浮かぶ月のような存在なのだろう。

(次回は2月19日に掲載予定です)

■オススメの3冊

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「暮しの手帖」(暮しの手帖社)
暮らしの中に役立つ情報を紹介する生活総合雑誌。「本当に大好きな雑誌で、『暮らしのヒント集』というコーナーが特に好き。ここに書かれている言葉に何度も励まされています」

『ルナティックス――月を遊学する』(松岡正剛)
文学、神話、宗教、現代思想、先端科学など古今東西の月に関するトピックを集成した“月の百科全書”。「松岡さんの本は元々好きなのですが、これは本当にドンピシャ。12カ月に合わせて月についていろんなことが書かれており、毎月読み返しています」

『地球の上に生きる』(アリシア・ベイ=ローレル)
ヒッピー・カルチャー全盛期に書かれた、自然と共に暮らす知恵が詰まった一冊。「お産のしかたとか、薬の作り方とか、楽器の作り方とかいろんなノウハウが書かれていて、モノにあふれすぎているこの時代だけど、人は何でもできるし何もいらない! と思える本です」

(写真 石野明子)

  ◇

MOON FACTORY COFFEE
世田谷区三軒茶屋2-15-3 寺尾ビル2F
03-3487-4192
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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

<8>千駄木の不忍通り沿いにフランスの薫り

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