鎌倉から、ものがたり。

茅葺き職人から一転、路上の「行商」に/POMPOM CAKES

立道嶺央さんが主宰する「ポンポンケークス」のキッチン

 鎌倉の夜道に出現する黒のカーゴバイク(三輪自転車)。「POMPOM CAKES(ポンポンケークス)」のロゴが記された幌の下、荷台に収められているのはケーキの数々だ。レアチーズケーキ、キャロットケーキ、季節のフルーツタルトなどなど、素朴でありながら、どれもが何とも魅力的でおいしそう。

 あっという間に行列ができ、スイーツ好きな女性はもちろんのこと、勤め帰りの男性も、うれしそうにケーキを品定めをしている。

 つくり手も売り手も、カーゴバイクの主(あるじ)である立道嶺央(れお)さん(31)。古都を舞台に青年が自作のケーキを売る光景は、物語のひとコマのようだ。「パティシエ修業をしたのですか?」と聞いたら、「建築を志していました」と、まったく違う答えが返ってきて、さらに驚いた。

 鎌倉市の出身。高校時代までは「サッカーに夢中で、勉強は眼中になかった」というが、高校3年のときに「9.11(アメリカ同時多発テロ)」のニュース映像に遭遇し、日常の見方が変わった。

 世界で起きていることに敏感になり、政治、経済、外交、芸術、テクノロジー、そして社会のヒエラルキーなど、すべての要素が反映された「建築」に興味を募らせた。2年浪人して大学の建築科へ進学。全共闘世代の父が、かつて学生時代に仲間たちと熱く議論を重ねたことを伝え聞いて、自分もそんな時間を持ちたいと期待した。

 ところが平成時代の大学に、そういう空気はまったく流れていなかった。尊敬する建築家のル・コルビュジエや安藤忠雄が「学生は旅をすべし」と語っていたことを頼りに、旅に出た。

 アメリカ、ヨーロッパ、中近東と世界各地で、建築史に残る傑作や、現在進行形の大型プロジェクトを目にする体験はすばらしかった。その一方で、ニューヨークのワールドトレードセンターのように、技術の粋である超高層ビルが、いとも簡単に崩れ落ちていく現実の、はかなさ、むなしさも強く感じた。

 「自分の手を動かしてつくること」を意識するようになったある日、航空会社の機内誌に載っていた、茅葺(かやぶ)き職人のお弁当にぐっと心をつかまれた。

 「ご飯と梅干、みたいな素朴ひとすじのお弁当。こういうのを持って、里の中で大工仕事をするってどういうことなのか」

 茅葺きの里として有名な京都府美山町の、茅葺き職人の親方に弟子入りを志願し、彼の下で重要文化財の修復を手伝うことになった。能登、沖縄、和歌山、岐阜……親方とともに「旅大工」として日本各地を回る。その中で出合う、それぞれの風土と自然の厳しさ。土地に根ざした日本の建築技術の奥深さは、町育ちの立道さんを圧倒した。

 2年半の修業を経て鎌倉に戻ったとき、27歳になっていた。この時点で「僕にはもう、普通の就職先はない」と覚悟が決まり、「建築」という自分のテーマを、どうやって広げていけるか考えた。

 「そのとき、世界の旅で目にした光景がよみがえってきたんです。路上で音楽を奏で、ご飯を食べ、昼寝もする人たちの楽しそうな様子をたくさん見てきました。建物というハコを用意しなくても、道路という公共空間を利用することで、『建築』は可能なのではないか」 

 生まれ育った鎌倉の路上で、表現活動として「行商」を手がけてみよう。自転車という人力を使えば、町をリアルに見聞きできるのではないか――。ここに至るまでの若さの曲折が、ポンポンケークスの発端だ。
→後編に続きます

蜜がたっぷり入ったりんごは長野産の秋映

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知人から届いたフレッシュな果物でシャルロットをつくる

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テーブルの上に生産者から届いた旬の果物が並ぶ

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めずらしい品種を求めて、生産地をたずねる旅も日常の一部にしている

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旬の果物を前に即興的にデコレーションが決まっていく

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完成したケーキは果物をくれた人との「物々交換」用。これから歩いて届ける予定

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

店を閉めた2カ月、八丈島で気づいた/カフェ テールベルト

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三輪自転車でケーキを売り歩く先に/POMPOM CAKES

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