鎌倉から、ものがたり。

三輪自転車でケーキを売り歩く先に/POMPOM CAKES

夜の鎌倉の路上に立道嶺央さんの「ポンポンケークス」が現れる。到着前から、すでに列が

>>「POMPOM CAKES(ポンポンケークス)」前編から続きます

 生まれ育った鎌倉の「路上」で、町とリアルにかかわりながら生きていく方法はないか――。大学時代に建築を学び、茅葺(かやぶ)きという日本の伝統技術と深くかかわった立道嶺央(れお)さん(31)は、「行商」という形で表現活動に取り組むことを決心した。

 そのときに助っ人として思い浮かべたのは、母の有為子(ういこ)さん。サンフランシスコでフレンチクッキングを学んだ有為子さんは、自宅でケーキ教室を開いて30年以上というキャリアの持ち主だった。サンフランシスコでは、立道さんと同世代の人たちが、自家焙煎(ばいせん)で淹(い)れるコーヒーを、自転車の荷台に積んで配達する、新しいスタイルが注目されていた。

 「母にケーキをつくってもらって、それを自分が西海岸風にディレクションして……とセコく考えたわけです」

 しかし、プロである母の姿勢は厳しかった。「人さまに買っていただくものを簡単に考えるな、と。そして、ケーキをつくりたいなら、自分で見て覚えなさい、と。そう言いながら母はほとんど何も教えてくれないので、だったら見て覚えてやろうじゃないか、と必死で取り組みました」

 師匠である母からは「意外と筋がいい」というお褒(ほ)めの言葉をもらい、少しずつレパートリーが増えていった。

 そんな立道さんが描いたイメージは、「行商」という生業の原点に、ツイッターという情報テクノロジーを掛け合わせたもの。「店舗」はヨーロッパの街角でおなじみのカーゴバイク(三輪自転車)だ。

 でも、そんなカーゴバイクがあるのか? そんなとき、東京・青山のファーマーズマーケットで「サンリン自転車生活社」を営む三輪ノブヨシさんと出会った。三輪さんはその名の通り、移動店舗になる三輪自転車を志のある人たちにだけ売っていた。東京の吉祥寺あたりでは、自転車を使った面白い移動店舗がぼつぼつと出はじめてもいた。

 ケーキは当初、自宅でつくればいいと考えていたが、保健所に出向くと、「生活の場ではない」「シンクが三つある」「更衣室がある」など、細かい基準をクリアしないといけないことがわかった。不動産屋をまわり、小さな改装がOKというアパートの一室を長谷に探し当てて、保健所の許可を取った。

 はじめて路上に出たのは2011年7月。東日本大震災が起きた年の夏だ。朝からひとりで黙々とケーキをつくり、「商品」がひととおり揃(そろ)って外を見れば、周囲は夕闇。

 「そこから町に出て売るということに、正直、くじけそうでした。ならば、ケーキをつくるまでが仕事で、売ることは遊びだ、という意識設定をしないとだめだな、と最初から発見がありましたね」

 とはいえ、初日からケーキは完売。以降も、ツイッターで告知をして、店々のシャッターが閉まった町に出ると、情報をキャッチしたお客さんがちゃんと待っていてくれた。

 古い歴史のある鎌倉は、土地に根付いている人、新たに移住してきた人と、住む人たちもさまざまで、会話の中から町の重層性が感じられる。中には、会社帰りで疲れ切った背広姿の男性が、笑顔で1個のケーキを買っていくことも。そういう予想外のことが、とりわけうれしかった。

「表現行為ですから、『大きくしたい』という野心はないんです。ただ、僕のようにジグザグな人生を歩んでも、幸せにやっていける。そのことを後の世代にも見せたいな。細く長く、おじいさんになっても続けていたいです」

 50年後の路上が楽しみだ。

お客さん一人ひとりとていねいに言葉を交わす

お客さん一人ひとりとていねいに言葉を交わす

フレッシュなクリームが詰まったサヴァランは430円

フレッシュなクリームが詰まったサヴァランは430円

箱に詰めて包装紙をかけるのも、立道さんがていねいに

箱に詰めて包装紙をかけるのも、立道さんがていねいに

定番のNYチーズケーキやキャロットケーキのほかに、季節の品も並ぶ

定番のNYチーズケーキやキャロットケーキのほかに、季節の品も並ぶ

お客さんの列はどんどん伸びていく

お客さんの列はどんどん伸びていく

寒い夜だったけど、今日も完売

寒い夜だったけど、今日も完売

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

茅葺き職人から一転、路上の「行商」に/POMPOM CAKES

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