東京の台所

<93>朝食前に洗濯、弁当、アイロン、床拭きも

〈住人プロフィール〉
 主婦(女性)・35歳
 戸建て・3LDK・京王井の頭線線 下北沢駅(世田谷区)
 入居1年・築1年
 夫(会社員・37歳)、長男(4歳)、長女(6カ月)の4人暮らし

 新築とはいえ、どこもかしこも塵(ちり)ひとつなくピカピカ。天井には子どもと作ったという色紙のオーナメントが飾られ、窓には夫の自作の棚に、よく手入れされた観葉植物の鉢がずらりと並ぶ。
 テーブルに出されたのは、バナナのシフォンケーキとりんごタルトの2種。どちらも手作りだ。きちんと家事と子育てをしている人だとわかる。

 朝5時に起き、すべての家事を済ませる。「起きたら洗濯機を回して、夫と息子のお弁当を作り、アイロン掛けをします」と言う彼女に私は聞いた。それから、朝食ですか。
「いえ、その前に床拭きを」
 子どもを幼稚園に送り出す前におおかたすませておくと、あとが楽だ。昼間は幼稚園ママを招いてお茶をしたり、ベビーカーで下の子を連れて公園や買い物に行ったりする。
 午前10時頃、公園で遊んでいる小さな子とママを見ると優雅でのんびりしていいなあと思いがちだが、あのママたちの多くは、すでにたくさんの家事をすませてきているのだ。時間を上手にやりくりし、朝早くからくるくるとまめに働き、家族が快適に過ごせるように家を整えるための努力を怠らない。そういうママほど午前の早い時間に公園にいることを私は知っている。
 ご本人にそんな気はないだろうが、私から見ると、ママ界の優等生。ちなみに私はかなりの落ちこぼれである。

 持ち家としては2軒目だという。最初は晴海の高層マンションに住んでいた。しかし、子育てをするなら別の街がいいと思い始めた。
「昔からの商店街があるような住宅地がいいなと。パン屋や八百屋があって、近所づきあいができて、おじいちゃんやおばあちゃんもいるような街。そこから地元の公立の小学校に通えたらいいかなあと思うようになったのです」
 湾岸エリアの独特の雰囲気にも慣れなかった。
「私は滋賀の田舎育ちなので。本当はそんなことないのかもしれないのですが、高層マンションや湾岸に住む人たちとママ友になれないんじゃないか、なんて思ってしまったのです」
 世田谷で探し始め、1年前に下北沢に越した。近くに緑道があったことも購入の決め手となった。
「緑道はいろんな世代の人が散歩していて、草花もきれいで歩くだけで気持ちがいい。息子が新しい幼稚園に行きたくないとごねていたら、どこかしらからおばあちゃんがやってきて、豆をくれたりするんです。すると息子も泣きやんで、機嫌が直ったり。街の人に助けられています」

 見たい番組がないのでテレビは持っていない。料理が大好き。夜はキャンドル灯(とも)し、ゆっくりご飯を食べる。友達家族が遊びに来たら、必ずデザートは手作りでもてなす。
 学校の優等生は100点をもらえるが、家事の優等生には通知表がない。料理の間、子どもたちをあやして、妻の邪魔をさせないようにしている夫の存在がきっと、彼女の原動力になっているにちがいない。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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