東京の台所

<96>母から受け継いだ「手作りDNA」今も

〈住人プロフィール〉
 会社経営(女性)・58歳
 戸建て・6SLDK・有楽町線 要町駅(豊島区)
 入居4年・築4年
 夫(会社役員・61歳)、長男(19歳)の3人暮らし
  ◇
 池袋にほど近い住宅地で、かつては田畑地帯という土地柄。実家も先々代までは農家だった。住人は4人きょうだいで、両親、祖母、叔母が同居する大家族のなかで育った。

「母は8人分の食事を作りながら、私たちの洋服を縫い、白菜を漬け、おやつもドーナツやワッフルなんかを手作りしていました。おまけに地域の民生委員までやっていて。あれだけのパワーは私にはないなあ、と今しみじみ思います」

 そんな彼女もまた、手作りが大好きだ。20歳の時に買ってもらったミシンで作ったエプロンを今も着ている。子どもの小学校のワークショップで習ったという紙漉(す)きに凝り、床の間の壁の和紙は自分で漉いたものを施工してもらった。もちろん料理にも熱心だ。漬物類をはじめ、りんご酢や黒にんにくまで作ってしまう。

「なんでも手作りする母の姿を見て育ったのは大きいです。ものづくりが普通に、あたりまえのこととして身近にあったので」

 出産して、さらに手作り熱は高まった。拍車をかけたのは夫である。

「彼がたまたま『買ってはいけない』という本を読んで、子どももいるのだから食べ物や肌につけるものにも気をつけようと言い出したのです」

 それから自然食品店に行くようになった。手作りならば、材料もわかり安心だ。梅干をつけた時に出る梅酢に新しょうがを漬けると鮮やかな赤色になる。市販品のようになぜピンク色ではないかと不思議がる子どもに「これが本当の色なのよ」と教える。「じゃあお店のは?」「人工の色よ」

 子どもがいなかったらここまでやっていなかったかもしれない。息子は中高生の一時期、あるメーカーのカップラーメンにハマった。だがしばらく食べ続けると、自然に卒業した。

「本物の味を知っていると、言わなくても、これはやばいとわかるみたいですね。大学生の今は牛丼屋にも行くし、何でも食べます。ただ、だしの味や野菜の本当の味は伝えられたと思うので、それでいいかなと思っています」

 取材が終わる頃、彼女の携帯電話が鳴った。すみません、もうすぐ行きますと答えている。電話を切ったあと、首をすくめた。
「町内会の副会長を引き受けちゃって。みな高齢で、その中では若いから、なんだかんだと声かけられるんです。さっきも『おすそ分けがあるから取りに来て』って言われて、『まだ来ないの』って催促がきました」

 実家の跡地に新居を建て、生まれ育った町に根を張って生きている。まめで、手作りが好きで、人の世話を焼くのも苦ではない。亡き母の面影を彼女に見る町の人はひとりやふたりではあるまい。

>>台所の写真はこちら

東京の台所バックナンバー

PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
<記事のご感想・メッセージはこちらへ>
http://www.kurashi-no-gara.com/

<95>自炊の意欲呼び覚ました断捨離

トップへ戻る

<97>食い道楽の父の影響で、女魯山人に

RECOMMENDおすすめの記事