ファッショニスタの逸品

バンド結成20年へ、燃料を投入し続け 岸田 繁さん

岸田 繁さん(撮影 山田秀隆)


岸田 繁さん(撮影 山田秀隆)

妥協を許さない、緻密(ちみつ)な音作り。ロックバンド、くるりを語るとき、そんなフレーズがよく使われる。作詞・作曲を手がけるのは、ボーカルの岸田 繁。昨秋リリースされたアルバム『THE PIER』では、新境地を開拓しつつもバンドとしての貫禄も見せつけた。彼が生み出す変幻自在な世界観は、作品ごとにリスナーをいい意味で裏切り続ける。

  

リリースされたばかりの映像作品『THE PIER LIVE』と『THE RECORDING at NHK 101st』を鑑賞していると、冒頭の使い古されたフレーズも言い得て妙だと思わず納得する。くるりの真骨頂を目の当たりにできる濃厚な作品だ。
メジャーデビューは1998年。渋谷系サウンドやJポップの隆盛が一段落し、CDの売り上げが下降線をたどり閉塞感が漂っていた時代だ。くるりは若い世代の支持を集め、人気バンドとしての地位を固めた。

  

来年、結成20年を迎える。オリジナルメンバーは岸田と、高校時代からの友人でベースをつとめる佐藤征史。
「どちらかというと佐藤くんが中核になって、僕が燃料を投入しているようなイメージ」と岸田は言う。

  

プライベートでは、鉄道好きとしても知られる。自宅には鉄道関連の書籍がCDと並んで膨大な数あるという。なくなる形式の車両は、事前に必ず乗車するようにしているそうだ。取材当日も、電車に乗って都内のプライベートスタジオにやってきた。まるで隠れ家のような薄暗いスタジオには、私物の楽器類がいくつも置かれていた。

  

「こいつはブズーキというギリシャの楽器でして……」。インタビューは、そんな彼の楽しげな解説でスタートした。

  

理想はマッサージされるような音楽

――スタジオには、いろいろなギターが置かれていますね。
 そうですね。これは「アイリッシュ・ブズーキ」と呼ばれる楽器です。僕はアイルランドのミュージシャン兼プロデューサーのドーナル・ラニーが好きで、彼が使っていたブズーキがほしくて2004年にダブリンに行ったとき、行く先々で売っている場所を聞いても、「知らん」と言われるばかり。
 ある日、ドゥーランという村で、東尋坊のような断崖の近くに泊まりました。宿の1階にあるアイリッシュパブで夜飲んでいると、太ったおじさんが「売っているところを知っているよ」と。さっそく予定を変更し、おじさんの言う街に買いに行ったんです。

――それはよかったですね。
 でもたどりつくと、また「ここにはないけれど、別の街にあるよ」と言われて。景色も現実もなんだかドラクエみたいになってきたぞと思いながら、最後はやっとブズーキに出会えました。
 すぐに弾かせてもらったら、音がすごくよかったんです。当時で11万円くらいしたと思います。持ち金もなく、店ではクレジットカードが使えず、隣町まで行ってお金を下ろして。もう抱いて帰ったのを覚えていますよ。ただ、よく見ると「メイド・イン・イングランド」って書いてあって、「う~ん、まあ惜しいけど、いいか」と。

――その後、あこがれのドーナルさんには会えたのですか。
 当時、彼は京都に住んでいて、一緒にセッションする機会もありました。「僕のはこれだよ」と見せてくれたブズーキには、「Yairi」の文字が。つまり日本のヤイリギター製で、僕はもう「ええっ」てなって。

――じつはすごい近場に「あこがれのブズーキ」があったと。
 そうです。たどり着くまでがたいへんでしたが、僕もヤイリギターの職人さんをさっそく紹介してもらって、結局、同じようなものを作りました。でも、このブズーキが水先案内人となって、あこがれのドーナルさんを引き合わせくれたので、いまでは思い出の逸品です。

――岸田さんは、物にはこだわるタイプですか。
 職人さんから入るケースは、わりと多いかもしれませんね。でも、そんなにこだわってばかりいたら、なかなか毎日がスムーズに進まないですよ。安くて便利な店でももちろん買います。

――気に入るとひとつのものを長く使い続けるタイプですか。

 わりとその傾向はあります。洋服とか10年くらい変わらないですもん。なんか知らんけど、よく同じものを着てますね。まあ、面倒くさいっていうのも理由でしょうけど。
 いわゆる洋服屋さんが嫌いなんですよ。「どういうのをお探しですか」って声かけられるでしょ。あれが本当にいやで。

――では、ふだんどこで洋服を手に入れるのですか。

 ツアー衣装のおさがりとか、スタイリストさんからもらったり、買ったりしてます。あるいは声をかけられないファストファッション系に行くとか、ネットで買うとか。
 そういえば、先日初めてアウトレットに行きました。僕はこれまでアウトレットって、あかんと思ってましたが、声をかけてこないのはいいなと思いました。まあせっかくだし、春物のコートでも買おうかと某有名ブランドで見たら、3万6千円。すこし悩みましたが、「30%オフだし」ってことで、意を決してレジに行ったら福引きの箱を出されて。引いたら今度は「20%オフ」の札が出てきて、店員さんが「さらに20%オフになります」と言うんです。「やった~、アウトレット最高っすねえ」と心で叫びましたね。

――プライベートでよく行かれるところはありますか。
 本屋さんに行きます。代官山の蔦屋とかは写真集を買う時は便利だけど、鉄道系の本となると、単純に数と種類がないなと思いますね。そうすると、秋葉原、神田、お茶の水の古本屋へ行くことになります。あと。京都に帰ったときも本はけっこう買いますね。

――出かける時は、基本的に電車移動が多いのですか。

 はい。日常的に山手線とか総武線とか乗っていますよ。

――ファンに気づかれませんか?
 いつもこの恰好ですけど、ほとんど気づかれませんね。

――地元京都には、いまも頻繁に戻られていますね。

 そうですね。去年まで京都に住んでいたのですが、東京で会社を作ったりしたので、しばらくはここを拠点にやって行こうと思います。
 でも、京都は精神的にラクでいいですね。町の規模がコンパクトだし、大学も多いので、学んだり、研究したりしやすいですよね。ものづくりをするのにも、いい環境です。
 東京だと成り立たないタイプの本屋さんやレコード屋さんもあります。京都で毎年、野外イベントをやっているんですけど、大学も行政もそういうイベントに理解があって、京都じゃなかったらできないようなことをやらせてもらってます。

――岸田さんは、海外旅行もされていますよね。
 何かを好きになると、好きになった物が生まれた場所に行きたくなるんです。もちろん自分自身を入れ替えるという意味で、海外へ行くのは大事な行為です。2年前、ポルトガルに大好きなファドギターを探しに行きました。
 ナザレという大西洋に面した港町では、既婚の女性たちがみな、黒い服を着ているんです。夕日が大西洋に沈む頃、街全体がオレンジ色になって、黒い服の彼女たちの雰囲気も相まって、すごく美しい光景でした。

――ニューアルバムにも「遥かなるリスボン」という曲があります。
 そうですね。少なからず曲づくりにも影響したかもしれないです。

――来年でくるりは結成20周年ですが、どんな心境ですか。
 ベースの佐藤くんとは結成当初からずっと一緒にやっているので、なにも言わなくても暗黙の了解というか。もうひとりのメンバーのファンファンもつねに本気。お互い意見の違いとかもありますけど、一体となってやっているのがくるりのよさだと思いますね。

――この20年で音楽の聴き方もだいぶ変わりましたね。
 そうですね。僕は携帯で音楽を聞く時は、断然デジタル音源が便利ですけど、音源自体をデジタルで購入することにはちょっと飽きてきた感があります。
 最近は、能動的に音楽を聴く時間をもつようにしています。べつに音楽をしっかり聴こうというかしこまった話ではなくて、朝起きてすぐデジタルの音を聴くのが、なんかしんどいんですね。きちんとCDの棚から、今朝はどれにしようかと探し出して、プレイヤーに入れて、ゆっくりとコーヒーを飲む。その一連の流れを大切にしたいとなあって思います。

――最近のお気に入りのCDも今回あげていただきました。
 ヤン・ヨハンソンとアマリア・ロドリゲスですね。いずれも1日に3、4回はアルバムを聴いています。とくにヤン・ヨハンソンは、メロディを全部覚えるくらい好きですね。聞くと落ち着くし、まるでマッサージ1回分の効果がありますね。また聴いたあとに食べ物がおいしくなったりします。絶対に僕にはできないけど、もし生まれ変われるなら、そういう音楽を作れるミュージシャンになりたいなと思います。

(文 宮下 哲)

    ◇

岸田 繁(きしだ・しげる)

1976年、京都生まれ。立命館大学在学中の96年に「くるり」を結成。ほぼすべての楽曲で作詞作曲を手掛ける。昨年、通算11枚目となるアルバム『THE PIER』をリリース。3月18日、DVD『THE RECORDING at NHK101st』と『THE PIER LIVE』をリリースした。4月15日にはソロ名義で「岸田 繁のまほろ劇伴全集」をリリースする。
http://www.quruli.net/

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