東京の台所

<100>“ひとり運動会”で料理に挑む

〈住人プロフィール〉
 主婦・43歳
 戸建て・2LDK・東急東横線
 学芸大学駅(世田谷区)
 入居5年・築5年
 夫(弁護士・42歳)、長男(7歳)と3人暮らし
    ◇
 ひとり息子中心の間取りと生活になっている。小学生になったのを機に、台所のカウンター前を、ダイニングスペースから勉強部屋兼家族の趣味室に模様替えした。宿題や工作をしたり、友だちとの遊び場になったり、自分もパソコンに向かったりする。シンクの前には子どもの顔写真が。

「これを見ながら料理すると元気が出るのです。友だちからは、遺影みたいねなんて言われるんですけど、家事に欠かせない私の元気の素です」

 子どもが乳製品のアレルギーがあったこともあり、食材には気をつけている。おやつにはにんじんスティック、いりこ、カシューナッツや黒豆を常備。下校後には勝手につまんでいる。遊びに来る友だちのなかには、この家にはスナック菓子がないとわかっているので持参する子もいる。

「ストイックに禁止するつもりはないので、食べたいといったら食べさせますし、お友だちのもつまみますよ。ただ小さな頃からそうだったので、にんじんなんかをかじると落ち着くみたいですね」

 建築家に設計を依頼した家の台所は、家族みんなで立つことより、ひとりで動きやすいよう、できるだけコンパクトな動線にした。

 「夫の転勤でアメリカに住んだとき、まな板とコンロが離れているような広い台所は自分には合わないと痛感しました。きれいでゴージャスな外国製のキッチンは、汚さないようにしなきゃとかえって疲れてしまいます。その点、日本製のキッチンは丈夫で掃除がしやすくてコンパクトで使いやすい。本当によく考えられていますね。私にとって台所は作業場なので“すてき”より使いやすさがいちばん大事なのです」

 欲しいものにすぐ手が届き、効率よく動ける機能的な場所。それが彼女にとっての理想の台所だ。

 願いを反映した台所は5年前に完成。毎回そこに立つと、頭の中で交響曲『剣の舞』が鳴り出すという。

「ひとり運動会って呼んでいます。いかに短時間で、栄養のバランスが良く、家族に喜ばれるものが作れるか。タイマーより先に作り上げてやろうってひとりで勝負しているんです」

 専業主婦といえども、とにかく毎日忙しい。

 「私の周りでもおせんべいをかじってソファで横になっている主婦なんていないんじゃないかな」と笑う。PTA、地域の係、子どもの習い事の送迎、その合間に自分もテニスに通っている。動き回っていると、あっという間に夕方になってしまう。子ども中心の生活ではあるが、そこにやがて終わりがおとずれることを知っている。だから自分のこれからの人生も見据えて、社会と関われる資格取得のための勉強を始めた。

 「友だちのお母さんが50歳を過ぎてから資格を取って、ホームヘルパーをされているのです。職場でも人気者なんですが、ご自分でも老人会に入って、コーラスやスポーツのサークルを次々立ち上げて。区の産じょくシッターを引き受けたら、今度は産後のお母さんたちに指名を受けるくらいひっぱりだこに。ものすごく忙しいのに、お彼岸には必ず何十個もお萩を作って配って下さる。まさにシニアの星みたいに輝いているのです。私もそんなふうに身近な人たちのお役に立てるようなことができたらなあと考えています」

 仕事や子どものあるなしではない。目標があるかないかで日々過ごす時間の濃さは変わる。ひとり運動会で料理をする理由も納得。

>>台所の写真はこちら

(次回は5月13日に掲載の予定です)

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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