ファッショニスタの逸品

昭和初期の建物に惹かれて書店を 森岡督行さん

森岡督行さん(森岡書店茅場町店にて 撮影/石塚定人)


森岡督行さん(森岡書店茅場町店にて 撮影/石塚定人)

東京・銀座2丁目のとあるビルの1階に小さな書店がオープンした。「書店」と言っても書籍や雑誌を置く、いわゆる“本屋さん”とは趣が異なる。ここは「1冊の本を売る書店」だ。
店を切り盛りするのは、店主の森岡督行さん。9年前に茅場町にオープンした「森岡書店」は、独自の視点で選りすぐった国内外の希少な写真集と併設されたギャラリースペースが話題となり、古書店業界に新風を巻き起こしたことでも知られる。今回オープンした「銀座店」も、森岡さんの斬新なコンセプトが注目を集めている。

  

銀座店と茅場町店は、いずれも昭和初期の建造物という点で共通している。それまで勤務していた神保町にある古書店の老舗、一誠堂書店を辞め、茅場町で書店をやろうとひらめいたのは、建物のたたずまいにひと目惚れしたからだったと森岡さんは言う。今回、銀座に出店しようと考えたのも、そんな当時の衝動に再びかられたからだ。

  

「昭和4年に建った鈴木ビルは、現在東京都の歴史的建造物として選定されています。ここには、戦中、日本の対外宣伝誌を編集する『日本工房』という会社が入っていて、主宰者には、土門拳や名取洋之助、デザイナーには亀倉雄策など、日本を代表するそうそうたるクリエイターたちが関わっていました。僕にとっては憧れの建物。その1階部分に40年ぶりに空き物件が出されたと知って、これは押さえなければと思いました」

  

「1冊の本を売る書店」には、ある人物が賛同していた。「スープストックトーキョー」や、先日、二子玉川にオープンしたレストラン「100本のスプーン」などで、つねに集客力のある事業展開を続けるスマイルズの遠山正道氏だ。
構想を実現させるのは容易ではないが、このタイミングを逃すこともできない。そう考えていたが、スマイルズの出資を得て「森岡書店」の事業形態を株式会社化。茅場町店に加えて銀座店をオープンさせることとなった。

  

しばらくは銀座と茅場町を行き来する多忙な日々が続く。「やりたいことは、いろいろあります。今度、森岡書店の企画室も立ち上げることにしました」。森岡さんは、そう言ってうれしそうにほほえみながら将来の展望を語ってくれた。トレードマークの丸ふちメガネの奥からは、少年のように無邪気で、つぶらな瞳が垣間見えた。

  

インタビューの日、写真家・福岡陽子さんの作品がギャラリーに展示中だった。古い本の趣をとらえる写真が並んでいた


インタビューの日、写真家・福岡陽子さんの作品がギャラリーに展示中だった。古い本の趣をとらえる写真が並んでいた

本を置く空間は、まだまだある

――大学卒業後、森岡さんはすぐに就職されませんでした。
 大学は法学部だったのですが、とくに将来、法律関係の仕事に就くつもりはありませんでした。卒業後は単発のアルバイトで食いつなぐ日々で、当時は、月々6万5千円くらいの収入で、家賃が3万2千円くらい。なんとか生活をしていた感じです。

――なぜ就職しなかったのですか。
 就職しないと生きていけないことは十分理解していたのですが、どうしても踏み切れなかったんです。大量生産、大量消費という社会の仕組みに入っていくことに疑問があったんだと思います。

――どこかで世の中に抵抗していたんでしょうか。
 そうだと思います。まだ20歳過ぎでしたが、悶々(もんもん)としながら読書と散歩とアルバイトの毎日を送っていました。ただ、そんな生活も1年で終わりました。ちょうど朝日新聞に一誠堂書店の求人広告を見つけたんですね。僕は神保町が好きだし、古書店ならリサイクルなので環境にも負担をかけない。さらに社屋も昭和5年の古いビル。なんか自分が好きな要素が全部含まれていて、もうここしかないと思いました。

――一誠堂書店の仕事は、いまに生かされていますか。
 8年間勤めたのですが、書店を生業(なりわい)としていくための礎みたいなものはここで築けたと思っています。

――自らお店をやろうと決めた理由を教えてください。
 勤めていた当時は、一誠堂書店で定年まで働くつもりでしたから、お店を出すなど考えてもいませんでした。僕は近代建築を見て歩くのが趣味で、たまたま9年前に、茅場町の第二井上ビルを訪れた際に、天井の高さや壁の質感、川の近くというシチュエーションに魅せられて、急にここで古書を売ったら素敵だなというインスピレーションがわいたんです。

――茅場町に店を構えることに躊躇(ちゅうちょ)はありませんでしたか。
 それはなかったです。自分自身、ひと気のあまりない立地で経営しているギャラリーや古道具屋を知っていましたし、そういう店構えが好きだったことも大きかったと思います。

――今年で「森岡書店」は、オープンして10年目を迎えます。
 オープン当初は、これからどうなっていくんだろうとつねに不安ばかりが頭をよぎっていました。ただ、店内の1部のスペースでギャラリーを構えてからは、少しずつ状況が変わり始めました。

――ギャラリーをはじめたきっかけを教えてください。
 オープンして半年くらい経ったころ、神楽坂のカフェで偶然知り合った女性が店を見に来てくれて、「ここはスペースがあるんだから、半分ギャラリーにすればいい」と助言してくれたんです。平野さんとおっしゃる方で、息子さんがプールの写真を撮っていると言われた。僕はすぐに写真家の平野太呂さんのお母さまだと気付きました。彼の『POOL』という写真集が大好きだったんです。それが縁で、最初に平野太呂さんの写真展をここで開催しました。

――それがきっかけだったんですね。
 写真展には、平野さんの友人や関係者の方々にも来ていただけて、いろいろ仕事もつながっていきました。ギャラリーを開催すると、お客さんも来てくれるし、写真集も見てくれるので、書店にとってもプラスの効果がありました。

――最近はメディアへの露出も増えましたね。
 とくに外国人向けのガイドブックにも掲載されるようになって、台湾、韓国、シンガポールからのお客さんもいらしてくれます。そういえば数年前に韓国のある大企業の方々が数人で来られて、「日本は先進国になって50年くらい経つけれど、その最大の成果は“本屋さん”なのでは」という話をしていました。自治体の支援を受けることもなく、独立系書店を経営している人が日本にはたくさんいて、トークイベントやワークショップを開催しながら、成り立っている。こういう状況が文化的にすごく豊かに見えるんだと語っていました。

――ここ数年は、お客さんの数も増えたのでは。
 お客さんは、老若男女、国籍もまちまちです。でも、いまだにひとりも来店のない日がありますよ。そう考えると茅場町って、何かのついでに来られるような場所ではないので、それほど多くはないながらも確実に来てくださる方がいるというのは、とてもうれしいことです。

――そういえば、店内にはBGMが流れていませんね。
 最初の頃は音楽をかけていました。でも、ここは船が通る音とか、カモメの鳴き声とか、そういう街のさまざまな音が、すごく心地よく聞こえることに気付いて。以来、あえて音楽を流すのをやめたんです。

――森岡さんのライフスタイルを教えてください。
 自宅が阿佐ヶ谷のほうなので、毎日、1時間くらいかけて茅場町に電車で通っています。ちなみに、いまは銀座店がオープンしたので、そっちに付きっきりです。一応20時に閉店しますが、日によってまちまちです。日曜日はできるだけ家族と過ごすようにしていますね。

――ショッピングはされますか。
 移動の合間にしますね。今日着ているシャツは神保町の「ネスト」というショップで買いました。靴はニューバランスを履くことが多いです。疲れないし、腰にもいい。履いていて、とても朗らかな気持ちでいられるので気に入っています。〈KAPITAL〉は、紹介した帽子以外にも、デニムの色落ちや風合いが好きで何本か持っています。

――いま、なかなか本が売れない時代とも言われています。
 どうなんでしょうね。僕はそういう実感があまりにないんです。僕のまわりの仲間はみんな本を買っていますし。仕事でも、たとえば洋服屋の中にライブラリーを作りたいというオーダーがあったり、トイレにもなどという要望が来たりします。そう考えると、「本を置くための空間」はまだまだ需要があるように思っています。

――今後、描いている構想などはありますか。
 茅場町周辺に将来ホテルを作れたらいいね、とカフェを手がけている方々と話しています。1階がライブラリーになっているような、いわゆる「ブックホテル」がいいんじゃないかと。まだまだ妄想ですが……。八丁堀、茅場町、新富町といった場所は比較的物件が安いので、いろんなことができる可能性があると思っています。

――そう考えると、生活の中における本のあり方に何か可能性がありそうですね。
 はい。でも何をするにしても、僕の中では、本の存在が底辺にあることは変わらないです。
(文 宮下 哲)

    ◇

森岡督行(もりおか・よしゆき)
1974年、山形県生まれ。2006年、東京・茅場町に古書店&ギャラリー「森岡書店」をオープン。著書に『写真集 誰かに贈りたくなる108冊』(平凡社)、『BOOKS ON JAPAN 1931 – 1972 日本の対外宣伝グラフ誌』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『荒野の古本屋』(晶文社)、『東京 旧市街地を歩く』(エクスナレッジ)など。この5月に「森岡書店銀座店」をオープンしたばかり。

森岡督行さんの愛用品は下のフォトギャラリーへ

暮らしと庭をトータルでデザイン 松田行弘さん

一覧へ戻る

タイムレスなデザインを自然体で 角田陽太さん

RECOMMENDおすすめの記事