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<16>「太宰愛」で満たされた空間

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 三鷹市役所にほど近い、三鷹通りの桜並木が満開になるころ、古本カフェ「Phosphorescence(フォスフォレッセンス)」の窓際には一枚の写真が飾られる。写真家・林忠彦が銀座のバー「ルパン」で撮影した太宰治の有名なポートレートだ。

「桜の季節になると、太宰さんにもきれいな桜を見てもらいたくて、窓際にこの写真を飾ってから店を閉めます。翌朝、写真をしまうときに表情が心なしかうれしそうに見えるんです」

 オーナーの駄場みゆきさんの言葉からは“太宰愛”がにじみ出てくる。大学時代にこの写真を見て強烈に惹きつけられたという駄場さん。それまでは「走れメロス」や「人間失格」などの代表作を読んだ程度だったが、太宰作品を貪るように読み始め、大学の卒論テーマも太宰にした。大学卒業後に京都の書店で働いていた時も、太宰の命日である「桜桃忌」(6月19日)には墓のある禅林寺(三鷹市)に駆けつけるほどだった。さらに、夫との縁を結んだのも太宰。彼の墓の前で二人は出会った。

 駄場さんは、文学散歩でたびたび訪れる三鷹に太宰ファンが集い、彼の本を手に取りながら語り合える場所があればいいなと思っていた。その夢は、かつて旅先のニューヨークで見たブックカフェと重なるものだった。

「夫に『三鷹に引っ越してブックカフェをやってみたいと思うんだけど』って聞いてみたら、『いいよ』って言うんです。普通の常識人なら止めますよね(笑)」

 三鷹図書館のとなりにある茶色いレンガ造りのビルを見つけ、2002年にオープンした。今年で14年目になる。店の真ん中には太宰ゆかりの本や資料が飾られた棚がある。古本屋らしく、棚には文芸書や実用書、文庫本などさまざまな本がそろっている。夢がかなって太宰ファンの集まる場所となったが、図書館利用者や近所の人など、地元の人たちの憩いの場にもなった。

 しかし今年3月、ビルのオーナーから「この建物を売却したい」という突然の知らせが飛び込んできた。ずっとこの場所で店を続けていくと信じていたのに、その根底が大きく揺らぎ、駄場さんはその場に座り込んでしまった。窓の外に目をやると、柔らかな春雨が降っていた。

「どうかここを離れないで済みますように。ここに私をいさせてください」とただただ願った。すると、仲介する不動産会社の社長が手を差し伸べてくれた。「13年間この場所で店を続けているあなたを応援したい」。駄場さんも「言霊になるから」と不安を口にするのをやめ、今できることだけを考えた。状況を知った客の励ましの言葉にも支えられた。
 そして5月中旬、銀行からの融資を受けて、駄場さんがこの建物を買い取ることで店を続けられる見通しが立った。

「開店からずっと見てくれていた社長さんや、周りの人に支えられ、一番いい方向に導かれたのだと思います。三鷹に導いてくれた太宰さんにもありがとうという気持ちでいっぱいです」

 今年の桜桃忌も無事、太宰ファンはこの店に集うことができる。そして、来年の桜が咲くころにはまた、桜を愛でる太宰の写真が窓際に置かれることだろう。

(次回は6月11日に配信予定です)

■オススメの3冊

<16>「太宰愛」で満たされた空間

『吉野弘詩集 (現代詩文庫 第1期12)』(吉野弘)
電車の座席をめぐる娘の様子を描いた代表作「夕焼け」が有名。「教科書でこの詩を読んだ時からずっと印象に残っていました。この詩集を読み返すと、心の中の思いに寄り添ってくれるような気がするんです」

『あるかなしかの町』(エマニュエル・ボーヴ)
パリ郊外のさえない町を舞台にした物語。「淡々とした日常の話なんですが、各章の扉にある写真家ドアノーのパリ郊外の写真が素敵で、あとがきもまたいいんです」

『太宰治の子守 越野タケの孫が語るタケの色々な話』(越野由美子)
大地主だった太宰の家に奉公に入り、幼い太宰をかわいがり、人格形成に大きな影響を与えた越野タケの孫が執筆した自費出版の本。「素朴で大きな愛と強さのあるタケさんの魅力が伝わってきます。このお店で出会った人たちのご縁で仕入れているので、ここだけの限定販売です」

(写真 鈴木芳果)

    ◇

book&cafe Phosphorescence
東京都三鷹市上連雀8-4-1
0422-46-1004
http://dazaibookcafe.com/

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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<17>渋谷駅裏、エッジの効いた古本屋

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