鎌倉から、ものがたり。

<24>始まりはパンとスープの教室だった

 鎌倉市大町の勝見早苗さん(66)の料理教室「CAFE CACTUS(カフェカクタス)5139」は、20数年前に「パンとスープ」を教える小さなサークルがきっかけだった。(前編はこちら
「自家製パンがまだ珍しかった10代のころから、私はパン作りに夢中になって、ずっと自分でパンを焼いていたんですね。それで、息子たちが幼稚園だった時に、近隣のお母さん仲間から『教えて』と頼まれまして。そのうち、『だったらケーキもプラスしたい』ということになり、徐々に今のようなお料理教室に発展していったんです」
 鎌倉の海と山を眺めながら、両親の畑に親しんで育った早苗さんは、もともと「食べること」への感度が高く、30代、40代は友達や家族といろいろな国に旅行して、そこから料理の極意を吸収した。
「私の旅は、現地の人の暮らしに飛び込むスタイル。インドやメキシコはとりわけ好きで、友達の友達といったつながりで、仲良くなっていきました。インドでは庭にクジャクがいるような王様のホテルに泊めてもらって、感激でした」
 その時に会得したバターチキンは、今でも早苗さんの十八番。和洋中エスニックと幅広いラインナップの中でも“シグネチャーメニュー”として人気の一品だ。
 そして「カクタス」のネーミングのもととなったメキシコ。
「メキシコには数えきれないほど行きました。物質的に言ったら貧しい国なのかもしれませんが、人が明るくて、食べ物がおいしくて、『私はあそこなら暮らしていける!』と思えるほど大好きだったんです」
 早苗さんの話の通り、リビングから庭を眺めると、メキシコの大地を彷彿させる大きなサボテンがすくっと立っている。楽しげで潔い造形は、彼女の人柄を映すようだ。
「いえ、私はただ自然体が心地いいと、わがままに好きなことを追求してきただけ。社会の表で何かと戦っている人とは違います。ただ、子育てをしてきた中で、自分の仕事を持っていてよかったな、と思ったことはいっぱいありました。母として自信を失っていた時期もありましたから」
 その息子さんたちは今、二人とも天然酵母ベーカリーの店主だ。長男の淳平さんは鎌倉で「パラダイスアレイ」を、次男の立太(りゅうた)さんは沖縄で「cactus eatrip(カクタス・イートリップ)」を開き、全国のパン好きに注目されている。鎌倉の野菜市場「レンバイ」の中にあるパラダイスアレイには、思い立った時に「今日はランチ、私が作ります」と“遠征”することもある。そんな勝見家は、地元の鎌倉をはじめ、逗子、葉山、沖縄と、いろいろな場所の人たちと世代を超えてつながっている。
 話をしている間も、知り合いの若い女性が近所の男の子と遊ぶために「ボールを貸してくださーい」と、やってきた。
「サッカー? キャッチボール?」と早苗さんが聞き返したら、「いえ、自家製味噌をみんなで作るためのボウルですー」と返ってきて、その落差にひとしきりの笑い。
 さりげなく、やさしく、おいしい輪の中心に、早苗さんとカフェカクタスがあるのだった。
(次回は6月12日に掲載する予定です)

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

<23>「畑のレモン」で、タルト・オ・シトロン/カフェカクタス5139

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<25>家族の夢がつまった「ポンポンケークス通り」/Pompon Cakes Blvd.

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