東京の台所

<103>おいしいおはぎ50個が生まれる場所

〈住人プロフィール〉
主婦・74歳
戸建て・5DK・田園都市線 駒沢大学駅(目黒区)
築年数40年・夫(74歳・自営)、長男(48歳・自営)、嫁(47歳・言語聴覚士)との4人暮らし

本欄第100回「“ひとり運動会”で料理に挑む」で取材した40代の女性が、「友達のお母さんで、50歳を過ぎてから介護ヘルパーの資格をとり、あちこち飛び回るシニアの星みたいな人がいる。とても憧れている」と目を輝かせて語っていた。私は、その人に、なんとしてでも会いたくなった。70歳までヘルパーを務め上げ、74歳の今でも、たくさんの老人サークルに所属する人気者。その上、春と秋のお彼岸に50個ほど作るおはぎがとびきりおいしいという。そんな忙しくて元気なお年寄りが立つ台所とはどんなたたずまいなのだろう。かくして、むりやり取材を頼み込むと、案の定スケジュールがいっぱいで1カ月先を指定された。

訪ねた先で私を待っていたのは、コトコト煮込んだつややかな小豆にたっぷり覆われたおはぎと、明るく快活な笑顔だった。自宅敷地内で木工所を営む夫とちょうど結婚50年だそう。

「義父母と同居で、かつては食事を7人前作っていました。自営なので昼食もね。舅(しゅうと)の介護をしながらヘルパーの資格をとったの。介護の仕事を65歳までやろうと思ったら、ついつい楽しくて70歳まで続きました」

訪問介護に行くとお年寄りが待っていて喜んでくれる。帰るときは本気で寂しがる。人の役に立ちたいと思って始めた仕事には想像以上のやりがいがあった。認知症一つとってもそれぞれ状態が違い、体力的にも厳しい仕事だが、「自分も誰かに必要とされている」という手応えが、それらを凌駕(りょうが)する充足感をもたらした。

57歳で舅を看取り、59歳で老人会に入った。今はウクレレ、グラウンドゴルフ、輪投げ、コーラスに参加している。

6年前、息子夫婦と同居することになり、台所をリフォームした。嫁も働いているので、昼と夜は住人が食事を担当している。

「お嫁さんが作るふりかけがそれはそれはおいしくてね、家族みんな大好きなの。煮物もささっと上手に作るわね。料理が好きな人で本当に助かってます。共働きだから、土日はきっとふたりでのんびりしたいはず。だから私はわざとまる1日用事を作って、外に出ることもあるの。2本立ての映画を見に行ったり。今は何をやっても自由で至福の毎日です」

自営を手伝いながら、賄いを作り、3人の子育てをしながら両親の介護をやり遂げた。どんなに聞いても愚痴や苦労話をしないが、両親を介護していた頃、夜8時からウォーキングを1時間した、それが唯一の自由な時間だったという一言を聞いて、彼女が歩んできた時間の重さを思った。夕食すぎでないと散歩の時間さえ確保できない。大家族に嫁いだ昭和の嫁の多くがきっとこうだったに違いない。それが普通だと思うから、こぼさないのだろう。

20人近く集まる法事は自宅で営む。唐揚げは2キロ、煮しめの大皿も幾つも作る。

「買うと高いし、家で作ったほうがみんな遠慮せずたくさん食べられるでしょう? それに食べる人の顔を思い浮かべながら料理をするのが好きなんです。とにかく人に喜んでもらいたいのね」

1.5キロの小豆から作るおはぎは、近所や親戚、嫁の実家にも配る。皆楽しみにしているそれには、丸々とした栗をしのばせてある。

「食べた時、わあ~って喜んでくれるでしょ。その顔が見たくて栗を入れます。いちごを入れたこともあるけど、あれは失敗だったわ」

金婚式の夫と、高野山の宿坊に行くのが目下の夢だ。じつは自分は友達と行ったことがあるらしい。

「足腰が元気なうちに夫に高野山を見せてあげたいのです。そして二人で精進料理を食べたいの」

誰かの喜びのために自分の時間を使うことが自分の生きがいになっている。シニアの星の幸福は、他者と共有して初めて形になるらしい。

(次回は6月24日の配信予定です)

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM/
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<102>母親たちや家族を癒すパンとお茶

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