鎌倉から、ものがたり。

<26>記念日に作るケーキの、特別なキラキラ感を

 立道有為子さん(63)と、息子の立道嶺央さんが、鎌倉市梶原に開いたケーキの工房ショップ&カフェ「Pompon Cakes Blvd.(ポンポンケークス・ブールバード)」。店頭には、「サヴァラン」「ニューヨークチーズケーキ」「キャロットケーキ」「レモンパイ」……と、嶺央さんによるカーゴバイク(三輪自転車)のケーキショップ「ポンポンケークス」で人気のラインナップが並ぶ。(前編はこちら
 ホームメイドの素朴さを残しながら、材料を吟味し、最上のおいしさを追求したケーキは、カフェの奥にあるオープンキッチンのアトリエで作られている。有為子さん、嶺央さん、スタッフたちが、ていねいにケーキ作りに取り組む様子は、店のインテリアの一部だ。有為子さんは、そのキッチンと店を往復し、時間がある時はカフェでお客さんと話をすることも楽しみにしている。
「とりわけご高齢の方に足を運んでいただいて、ゆっくりお話ができたらいいな、なんて思っているのですが、いざ店がはじまったら、なかなか思い通りにはならなくて。でも、お客さまと交流できるのはうれしいですね」
 ケーキを買いに来る人、注文する人、カフェでお茶を楽しむ人が、途切れることなくやってきても、店があわただしくならないのは、ひとえに有為子さんがまとう、やさしい雰囲気のおかげだろう。
 有為子さんの、その「やさしさ」の源は家庭にある。緑深い鎌倉山を目の前にした自宅で、お菓子教室「ラ・モンターニュ」を30年以上続けてきた。
 息子の嶺央さんと娘の桜子さんは、もちろん生まれた時から有為子さんの手作りのお料理やお菓子で育てられた。とはいえ、華やかなデコレーションケーキはお誕生日とクリスマスだけ、というのが有為子さんの信条だった。
「私が子どものころは、まだ生クリームも普及していない時代。そんな中で、母が記念日に作るクリームで飾られたケーキには、特別なキラキラ感がありました。そのキラキラ感を子どもたちにも、ぜひ伝えたかったんですね」
 注文を受けて作るデコレーションケーキは、「わぁっ!」と歓声を上げる子どもたちの前を素通り。でも、そのおかげでケーキが持つ特別な意味合いは、家庭で色あせることがなかった。
 それでも時代は変わり、今はネットで検索すれば、たちどころにカンタン、便利なレシピが手に入る。そんな流れの中で、自分のようにコツコツとていねいに、というやり方は時代遅れかな? と迷ったこともあった。でも、その迷いの先に、息子の嶺央さんが母のレシピでケーキ作りをはじめるという、思いがけない展開があった。
 有為子さんは店でも、教室でも、お菓子作りの技術以上に、季節感を大切にしている。そして鎌倉の日常には、季節を感じる自然がたくさん残っている。
「生徒さんだけでなく、そのご家族が『わあ、今日はお教室の日なの!?』と、喜んで送り出してくれるのがケーキ作り。子育て中、介護中で大変な時でも、ケーキを作るひと時で季節を感じることができれば、元気が出ます。それは、お店にいらっしゃる方も同じじゃないかな、と思います」
 店頭には「グレープフルーツのタルト」など、果物のケーキも折々に登場し、初夏から夏にかけては「オレンジのムース」が定番。秋を迎えたら、紅玉をたくさん使った「アメリカン・カントリーアップルパイ」の出番になる。
「りんごが焼ける匂いって、まさに『幸せの香り』。ここでお客さまに、『幸せな時間』を過ごしていただけたら、とてもうれしいです」
 夏を過ごした後には、店の一角に薪ストーブをこしらえる。それが、有為子さんの次の「おもてなし」だ。

(次回は7月10日に掲載する予定です)

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

<25>家族の夢がつまった「ポンポンケークス通り」/Pompon Cakes Blvd.

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<27>レンバイ出店の条件は「みんなと仲良くできる人」/デイリー・バイ・ロング・トラック・フーズ

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