book cafe

<22>「リビングシェア」の体験宿した空間

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 東京メトロ東高円寺駅から徒歩1分。青梅街道から細い路地を入ったところに、リビングルームのようなカフェがある。「Book Cafe Diner イココチ」の空間には、オーナーの蔵下博史さん(40)が14年前、オーストラリアのワーキングホリデー中に利用していた“リビングシェア”の体験が宿っている

 日本でも知られているシェアハウスやルームシェアとは違い、リビングシェアとは、個室ではなくリビングルームを間借りすること。プライベートな空間はほとんどなく、いつもいろんな人が出入りしていたという。

 「ちょうどこの店くらいの広さの部屋でした。安いという理由だけで飛びついたのですが、これがすごく楽しかったんです。生活の場でもあるけど、そこにいるだけでいろんな人との出会いの場にもなるんですから」

 蔵下さんはリビングシェアでの暮らしを通して、いろんなことをシェアする楽しみや、さまざまな人とつながる面白さを知った。

 この場所との出会いもまた、偶然だった。近所に住んでいて、散歩中に空き物件をたまたま見つけた。当時はインテリア関係の仕事をしていたが、漠然と自分の店を持ってみたいと考えていたところだった。妻のめぐみさん(38)に相談したところ、大反対された。それでもこの場所にひかれ、店のコンセプトは明確に決めないまま、2008年からカフェとして営業を始めた。約1年かけて壁にペンキを塗ったり、家にあるソファを置いてみたりしながら、店の体裁を少しずつ整えていった。

 店内に置いた本棚にはデザインや建築関係の蔵書を並べていた。するとある日、一人の客から「この本を売ってもらえますか?」と声をかけられた。

「このことがきっかけでブックカフェって面白そうだな、って思ったんです。僕も本のある空間が好きでしたし」

 またある日には、蔵下さんが内装を作り込んでいる時、店の前を通りかかった外国人に、「僕はアーティストなんだけど、ここに絵を飾ることはできる?」と聞かれた。これがきっかけで、天井にスポットライトが設置できるレールをつけた。

 ほかにも、「ここで映画を上映できない?」 「このスペースを貸してもらいたい」など客との会話から何か新しいことが決まることもよくあるという。こうして“街のシェアスペース”というコンセプトがゆっくりと形作られていった。

 「ブックカフェもギャラリーもイベントスペースも、自分からやろうと思ったわけじゃなくて、みんなの声に助けられてこういう店になったんです。僕には他の人に比べて強いこだわりはないかもしれないけど、お客さんの言葉によって導かれ、教えられているような気がするんです」

 朝8時半から営業している同店には、老若男女を問わず、さまざまな人が訪れる。赤い壁沿いのソファ席はまるで自宅のリビングのようにくつろげるので、友人と喋ったり、ゆっくりと本を読むのに向いている。少し奥まったところにあるテーブル席は、ダイニングルームのように食事をする時に使いたい。広くはない店内だが、座る場所によって異なった雰囲気を楽しめる。

 ところで蔵下さんは、6年前に携帯電話を手放したという。会社員時代は2台持ちだったが、便利になりすぎて携帯に頼ってしまう自分に疑問を感じたからだ。

 「変な情報も入ってこないし、気が楽になりました。そのおかげか、自分の直感力やアンテナの感度が高くなったような気がするんです」

 この場所に引き寄せられ、客との出会いや何気ない会話から、自由に変化し続けるこの空間。誰もがシェアできるリビングルームとして、東高円寺という街に根を張っている。

(次回は9月3日に配信予定です)

■オススメの3冊

<22>「リビングシェア」の体験宿した空間

『すまいと国土』(清水一)
日本の風土に根ざした住まいのあり方やしつらいの魅力について記された一冊。「月や水といったキーワードによって語られているのですが、そういう発想がすごい。生活や建物は、風土と一体であることに気付かされます」

『可否道』(獅子文六)
コーヒーを入れるのが抜群にうまい女性を中心とした物語。「その女性は普通にコーヒーを淹れているだけなのに、コーヒーを通してその人を好きになるくらいのものってすごいですよね。のちに『コーヒーと恋愛』に改題され、文庫化されたのですが、僕はこちらの装丁が好きです」

『小説 京の影 十二職物語』(澤野久雄)
京都の職人たちを取り上げた短編集。「職人に惹かれるんです。繊細さと荒々しさの関係性が、人間臭さとして露わになっているような気がします。こういう人たちが日本の伝統をささえ、日本の良さを残していることがわかる一冊です」

(写真 石野明子)

    ◇

Book Cafe Diner イココチ
東京都杉並区和田3-57-5 1F

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

<21>失恋の痛手から生まれた美意識の空間

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