このパンがすごい!

寿司職人の仕事が光る絶品サンドイッチ / CAMELBACK

このパンがすごい!

店の外観。自転車は成瀬さんがパンを買いにいくときに使うもの。荷台にワインの箱を使っている

人はパンのみにて生くるものにあらず。でも、おいしいパンがあれば人生はもっと楽しい。焼きたての香りの導くままに東へ西へ。パンの愉悦を知り尽くしたブレッドギーク(パンおたく)の池田浩明さんが、日本各地でみつけた極上の味をご紹介します。

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■CAMELBACK sandwich&espresso(東京)

 CAMELBACKの成瀬隼人さんに出会ったのは、カタネベーカリーの店先だった。 聞けば、自転車で自分の店へと通う道すがら、カタネベーカリー、365日、タルイベーカリーという代々木界隈の3軒の名店でバゲットを買って、サンドイッチを作るのだという。

 なんというマニアックさだろう。

 私はそのことがすごく心に残って、矢も盾もたまらず店に行き、まず「パルマ産生ハムと大葉、ゆずとバターの香り」を注文した。

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「パルマ産生ハムと大葉、ゆずとバターの香り」。卵焼きとピクルスが添えられる

 どの店のバゲットですか? と訊くと相棒の鈴木啓太郎さんが「カタネベーカリー」と。やっぱり、と思ったものだ。(口幅ったいが)武士が果たし合いのとき、相手の構えだけ見て、その実力をうかがい知るようなものだ。3店の中ではもっともオーソドックスなカタネのバゲットは、皮の濃度と生ハムの香りにすばらしい相性がありそうだった。

 成瀬さんがサンドイッチを作るところをじっと見る。

 白木のまな板の上にバゲットを置き、和包丁でサイドに切り込みを入れる。きびきびとした所作、道具も清潔にきちんと整頓されている。なんてうつくしいんだろう。私は彼の仕事を飽きず見守った。

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「パルマ産生ハムと大葉、ゆずとバターの香り」を作る成瀬さん

 成瀬さんは一流の寿司屋に勤めたあと、サンドイッチ屋に転向したという。この流麗な仕事は、厳しい修行を積み、カウンターで客に見つめられて鍛えられた人ならではだった。

 バゲットの上に向こうが見えるようなきれいな生ハムを丹念に広げ、大葉をはさみ、最後に取りだしたのはゆず。 おろし金で皮をすり下ろすと茶筅でしゃっしゃっと生ハムの上にちらす様子の粋さ、かっこよさ。寿司下駄よろしきブレッドボードにのせられ、サンドイッチが目の前に差し出される。待ちきれずかぶりつく。

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サンドイッチを作っているところ。手前に茶筅とゆずとおろし金

 生ハムの熟成香が白カビのチーズのように香り、脂とバターが溶けてバゲットの白い中身にしたたる。上質な生ハムならではの口溶けの速度。熟した肉香はバゲットの皮の香ばしさとやはりひたすら合う。大葉の鮮烈さ、そしてとどめを刺すのは、あの茶筅のひと掃き、ゆずの香りだった。西洋文明における梅干しおにぎりともいえる永遠の定番、ハム、バター、バゲットという組み合わせに、ゆずと大葉が和の洗練を加えている。

 CAMELBACKに通って何度目だっただろう、卵焼きのサンドイッチが出てきた日の感動を私は忘れない。

 「カタネさんにコッペパンを作ってもらいまして」 と、バゲットしか使わないという封印を成瀬さんは解いたらしい。寿司屋の卵焼きがついにサンドイッチになった。それはなんでもパンにはさみたがる私のようなパンマニアが一度はあこがれた、夢の事態である。

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すしやのタマゴサンド。キャメルブラックとともに

 まるでスフレのようにふわっとした卵が、口の中でじゅわーっと溶ける。とろっとした物体が魔法のように液体に変わり、甘美さと出汁の香りで口の中が満たされる。それを迎え入れるバターの甘さ。さっと塗られた和芥子の辛みが卵の甘さを見事に逆照射し、めりはりを与える。

そして、パン。桑名もち小麦という、小麦なのにまるでもちのようにもちもちする、不思議な小麦粉を使っている。噛もうとすると、歯にくっつき、もちっとして、歯が着地する寸前にふわっとなる。やたらもちもちばかりが珍重される昨今、食べやすさと食感のおもしろさにバランスをとり、かつさりげない。まぎれもないプロの仕事である。

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卵焼きをはさむところ。毎回ちがうパンの状態や形を感じとりながら、置く位置を決めるという

 私は成瀬さんが卵焼きを作るところを見守ったことがある。

 卵焼き器(四角い鍋)を卵を焼ける状態にもっていくまでに1時間。油を鍋に入れて火を入れつづけて、表面に油を滲みこませる。そして、脱脂綿で何度もこする。すると、鍋の表面が鏡のようにつるつるになり、なめらかな卵焼きが焼けるという。そこに卵を注ぎ入れると、成瀬さんはすごい集中力で鍋を縦横無尽に動かして、まるで焦げもない、真黄色の卵焼きを焼きあげた。

 成瀬さんは修業先の寿司屋で、先輩に冷たく駄目出しを食らいながら、何年もかけて卵焼きを焼く技術を会得した。教えてはもらえず、見て盗むという、厳しい職人の世界である。パンと卵焼き。カタネさんも成瀬さんも陰で厳しい自己研鑽を積みながら、そういうことを声高に語る人ではない。けれど、この10センチかそこらの物体の中に、職人の苦労も誇りもすべて籠められている。

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左がコーヒー担当の鈴木啓太郎さん、右が成瀬隼人さん

■CAMELBACK sandwich&espresso
東京都渋谷区神山町42-2
03-6407-0069
9:00~19:00(月休)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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