このパンがすごい!

七色のフレーバーが広がる薪窯パン / ドリアン

このパンがすごい!

カンパーニュ

■ブーランジェリー・ドリアン(広島)

 広島のドリアンは、昔ながらの薪窯(まきがま)と自然発酵の種でパンを作る。入口をくぐると芳しい香りに出迎えられる。薪を燃やした匂いと、ワインのような発酵の香り。その2つが精妙に入り混じっていたのだ。

 そのとき思いだしたのはソムリエの話だ。ワインを抜栓したとき、ソムリエは必ずコルクを鼻にもっていく。いいワインなら、コルクの香りとぶどうの香り、発酵の香りがバランスよく感じられるのだと。ワインは飲まずとも味を確かめられる。パンも同様だ。私は食べる前から確信した。このパンはすごいと。

 香りの誘惑はそれにとどまらない。ドリアンのカンパーニュをスライスし、いよいよ口に持っていこうとしたとき。奇妙なことが起こった。食べていないのに「うまい」と呟いていたのだ。なぜそんな白昼夢みたいなことをしてしまったのだろう。香りのあまりの生々しさのせいで、匂いだけで私の頭の中にはまるで食べたかのようなイメージができたのかもしれない。

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自家製の薪窯

「マッサン」の酒蔵にヒント

 パンを口にしたとき、陶然として自然に目を閉じた。分け入れば分け入るだけたくさんのフレーバー。皮の苦味はあっという間に酸味へ、そして旨味へと駆け抜け、とめどなく唾液を分泌させて止まらない。それが溶けたあと、舌の奥でさっきとは別の香ばしさが復活する。うるおいに満ちて舌にくっつくほどなめらかな中身からも、ヤクルトみたいな乳酸菌の甘いフレーバー、ライ麦に由来する木のようなすがすがしさ、いい酸味が出てきて、しかもそれらが変化を繰り広げて飽きることがない。

 このパンには七色のフレーバーがある。苦みや酸味のような通常ならオフフレーバーと感じられるものも、見事に快いものに転じている。自然にあるものはすべてすばらしい。そう、パンが語っているように思われた。かのサンフランシスコの名店タルティーン・ベーカリーのカントリーブレッドを食べたとき以来の経験だった。

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田村さんと妻の芙美さん

 秘密はどこにあるのか。広島といえば、朝ドラ『マッサン』で有名になった竹鶴酒造があるところ。ドリアンの田村陽至(ようし)さんは、パン作りのヒントをその酒蔵でつかんだという。

 「日本酒もパン作りそのままなんですよ。伝統的な日本酒の作り方である生酛(きもと)作りは、乳酸菌中心の発酵だった。それを参考にすると、パンがすごく安定した。夏に旅行するとき発酵種を持っていったんですけど、30℃以上の車内に置いておいても痛まないんですよ」

酵母を育む乳酸菌のゆりかご

 「乳酸菌と酵母はいっしょに進化したんじゃないか」という、田村さんの言葉はこういう意味だ。酵母と乳酸菌は共存共栄のコロニーを作っている。江戸時代に顕微鏡はなかったけれど、経験と勘でそれをうまく応用するのが、日本酒の生酛作りであり、ドイツのサワー種であり、フランスのルヴァン種である。

 田村さんは発酵種を自分の店で育て、市販のパン酵母(いわゆるイースト)は使わない。乳酸菌が増殖する温度帯は田村さんによると28℃近辺だという。乳酸菌は酸を出すので、他の雑菌は生き残ることができない。パンをふくらませる酵母は、乳酸菌のゆりかごの中で生き残る。一旦雑菌がいなくなれば、今度は8~10℃という温度帯にもっていき、酵母の数を増やしてパンをふくらませる。

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発酵種。開店以来継いでいる。ヨーロッパに行っている間、種継ぎは中断していたが、種をあげた知人のパン屋が継いでいたのを、また一部もらってきた。継ぐことで同じDNAが残っていき、また成長して個性も宿ることが種のおもしろさ、奥深さ

 自然界にいる目に見えない乳酸菌にはたくさんの種類があり、それぞれがフレーバーの基となる生成物を作りだす。酵母のアルコール香などがそこに相まって、七色のフレーバーは生まれる。

 もうひとつ忘れてはならない、大事なものは麦。ドリアンのカンパーニュには北海道・十勝のオーガニック小麦や、滋賀県産のライ麦を使う。日本の麦の中でもえり抜きのもの。でんぷんが溶けていくときのささやくような穀物感。その繊細さは、麦の上質さを物語る。 「いちばんいい粉をこねたらこうなりました、というのがうちのパン」

 フランス・スペインにまたがる、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路を巡った田村さんが痛感したのは、ヨーロッパの地方地方の麦の個性あふれることと、その地力。多くの日本のパン屋さんのように、何十種類の小さなパンを朝から晩までこつこつと作るやり方をやめ、ドリアンではわずか4種類のパンを豪快に大きく焼きだす。一見素っ気ない、大型のシンプルなパンがこんなに次々と売れる店は、そうはない。七色のフレーバーには誰もが魅せられる。

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店舗の外観

■ブーランジェリー・ドリアン
(*通信販売あり)

・堀越セルフサービス店
広島市南区堀越2-8-22
082-224-6191
8:00~11:00(日月火休)

・八丁堀店
広島市中区八丁堀12−9SYビル1階
082-224-6191
12:00〜18:00(日月火休)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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