ファッショニスタの逸品

ミーハーさ武器に“遊び場”を創る 中村貞裕さん

中村貞裕さん 


中村貞裕さん(撮影 石塚定人)

江ノ電の「七里ヶ浜駅」からほど近い国道沿いに今年オープンしたカフェ「パシフィックドライブイン」は、湘南の新たな名所として連日多くの客でにぎわいをみせている。また東京・表参道には、台湾でナンバーワンの人気を誇るかき氷「アイスモンスター」が日本初上陸。若い女性客を中心にいまも行列が絶えないという。

この夏、雑誌やテレビなどのメディアで注目されたこれらのスポットを手がけたのは、「TRANSIT GENERAL OFFICE(トランジットジェネラルオフィス)」。ファッション、建築、音楽、デザイン、アート、食をコンテンツにした“遊び場”を創造することをコンセプトに、2001年、中村貞裕さんが起業した“空間創造総合企業”だ。

  

これまでに「Sign」(外苑前、代官山ほか)、「CLASKA」(学芸大学)、「堂島ホテル」(大阪)、「bills」(鎌倉ほか)など、話題のスポットを続々と手がけてきた。ここ数年は、オリジナル店舗の企画・プロデュース、企業系飲食店の運営・受託、さらに海外企業とライセンス契約など、三つの形態に特化した事業展開を行っている。プロデュースだけでも60案件が同時進行中というから、その数にも驚かされる。社員は500人、バイトを入れると2千人がさまざまなプロジェクトに配属されている。

  

中村さんは、生まれも育ちも東京。大学時代はサークル主催のパーティーの企画に明け暮れる、自由気ままな学生だった。就活時も「楽しそう」という理由だけで、テレビ局や大手広告代理店を志望。だが、知り合いの先輩に誘われて受けた伊勢丹が内定となり、そのまま就職することに。入社してから1年経ったとき、当時すでにカリスマバイヤーとして有名だった藤巻幸夫さんと運命的な出会いを果たす。

  

「藤巻さんから多くのことを教わったし、また多くの方々と知り合いました。その縁はいまも仕事に活かされています」と、藤巻さんとともに過ごしたかけがえのない日々を懐かしそうに振り返った。

会社設立から14年目を迎えた今年、月に1度はニューヨーク、オーストラリア、シンガポール、台湾など海外に出かけているという。「事業規模が大きくなるにつれて、経営のビジョンも長期的にならざるを得ない」と、将来の展望についてクールに話す中村さん。しかしその表情から、内に秘めたる情熱がひしひしと伝わってきた。

  

藤巻さんがいなかったら、いまの自分はほぼない

――新たなビジネスを生むヒントのようなものがあれば教えてください。

 社員にはいつも「情報をインプットすると同時に、アウトプットする大切さ」を伝えています。たとえばフェイスブックで話題のレストランばかりをアップしている人には、おのずとレストランの情報が集まりやすくなりますよね。
 仕事も同じ。メディアを通じて良質な情報を発信できれば、同じく良質な情報が入ってくる。つまりアウトプット力が高まれば、インプット力も高まるというわけです。

――インプットとアウトプットの両立が難しく感じます。

 インプットは遊びみたいなもので、いくらでも入ってくるけど、アウトプットは怠った時点で終わりです。一生懸命やらないと続かないもの。確かにアウトプット力を高めるには努力が必要かもしれません。

――SNSの時代になって、その力がより求められているのでは。

 個々がメディアになれる時代だから、とりあえず発信する環境を自分で作るべきです。自分自身のアウトプット力が高まれば、「目利き力」も上がってきます。そうすると、いろいろな人や物と出会う機会も増えてくる。会社の中でも情報を共有すれば、仲間も増えるし、より感度の高い情報が得やすくなると思います。

――ここ数年は、プロジェクトの幅がますます多岐に広がっている印象です。

 うちの会社はクライアントやプロジェクトごとに、様々にチームを組み替えるので、その都度違う顔ぶれになります。だから、たとえば待ち合わせをテーマにした「Sign」と新宿伊勢丹本店の「ビストロカフェ レディース&ジェントルメン」では、それぞれタイプが違いますよね。もちろん、そこにはトランジットらしさというものが流れているのだと思いますが。

――その「トランジットらしさ」とは具体的には何でしょう。

 これはなかなか説明するのが難しい。僕自身もはっきりと答えられません。平和主義でゆるくてミーハーな感じ、しかも新しもの好きでユニークで……。挙げればきりがないのですが、ようはトランジットらしさイコール僕なんです。

――トランジット以前の伊勢丹時代には、藤巻幸夫さんとの出会いがありました。

 藤巻さんがいなかったらいまの自分はほぼないと思っています。それくらい近くにいた人でした。お互い会社を辞めてからも毎日のように電話で連絡し合っていましたから。

――印象に残っている藤巻さんの言葉はありますか。

 この間も新入社員に向けて話したのですが、藤巻さんはよく、「出世」とは会社で偉くなることではなく、世に出て戦える人間になることだとおっしゃっていました。つまり、会社から出ていってもやっていける能力を持ちなさいと。会社としても、そんな人が社内にいてくれたらうれしいし、たとえ独立してもちゃんとやっていけるはずだということです。「出世しろよ」という言葉は、そういう意味だと教わりました。

――励みになる言葉ですね。

 あともうひとつ、「ビジネスは縁と運とセンスの積み重ね」という話。せっかく出会った縁をよい運、よいセンスにするのは自分次第だと。もともといいセンスの人なんていなくて、できるだけいろんな映画を観て、いろんな音楽を聴いて、いろんな国を訪れて、いろんな人と出会って、その日々の積み重ねの結果、センスは磨かれるということです。

――中村さんご自身もそう感じることはありますか。

 僕らのような会社は、そこに「スピード」が加わると思うんです。かき氷もパンケーキもシェアオフィスもすべてにおいてスピードが命です。そして、日々の積み重ねとスピードの根底には、「面倒くさがらずにやってみる」という精神があるんだと思います。

――インプットとアウトプットの話しにもつながることですか。

 そうです。僕はいま45歳ですが、20歳くらいの若い集まりでも面倒くさがらずに出かければ、情報収集やマーケティングをインプットする機会になります。なにごともとりあえずやってみることを心がけています。もともとミーハーが僕の強みでもあったわけですから。

――ご自身をミーハーと感じたのはいつ頃からですか。

 うちは家族全員がミーハーで、子どものころからそういう環境で育ちましたね。実家は商売をやっていて、いわゆるお金もうけというよりは、何かを流行らせたいとか、ヒット商品を生みたいという気持ちが家族中で共有されていたと思います。

――ブームの流行り廃りについては、考えることがありますか。

 まだ会社を作って十数年ですが、いわゆる流行り廃りを経験していないんです。たとえば「bills」に関しても右肩上がりの業績ですから。

――なぜそういう結果が得られるのでしょう。

 たとえば「bills」について雑誌に取り上げられる場合、2ページの枠で1ページは私たちの紹介で、残りは他店の朝食やパンケーキの話題などを紹介したりできないかと提案したりします。シェアオフィスの場合も、自分たちの物件だけでなく、なるべく他社の物件も紹介できるように働きかけます。そうすることで、一過性のブームからひとつのトレンドへと変わっていくんだと思います。

――ブームの先を考えているということですね。

 そういう大きな波になる可能性のあるものに僕らは手を出しているつもりです。僕は、欧米のライフスタイルの中で、日本人が見ていてかっこいいと思えるものかどうかがポイントだと考えています。オープンして、「ここは外国みたいだねえ」という発言がお客さんから出たら、ライフスタイルとして根付く可能性があると思っています。

――つまり、より一般化させていきたいということですか。

 以前はピラミッドのいちばん上の層を狙ってメディア展開をしてきたつもりです。雑誌で言えば『ブルータス』のようなメディアです。でも、たとえば『東京ウォーカー』に載ったり、『日経トレンディ』の上半期流行りものランキングの5位内に入ったりするのが一般の人々への影響力があると思うんですね。いまはそういうメディアにも情報を発信することも必要だと感じています。

――今後の展望についてお話しください。

 僕の性格上、長期的にビジョンを立てることは、自分で自分の能力の限界を決めているようで嫌なんです。5年前にシェアオフィスをビジネスにするなんて考えていなかったですし、3年前に日本初上陸の店を増やしていこうなんて思ってもいませんでした。だから3年後のビジョンもいま考えている以上のことをやっている可能性が高いんです。

――そうすると長期のビジョンは必要ないと。

 でも今後、仕事の土台となる部分がこれ以上横に広がりすぎても無理が生じるだろうとは考えています。ここ3~5年で、その土台固めを終えて、あとは上へ伸ばすためのビジョンを考えなければと思っています。それがいわゆる長期的なビジョンになるんでしょう。ちょうど僕が50歳になるころですから、そのときはまた新規のビジネス展開を構築していくつもりでいます。
(文 宮下 哲)

    ◇

中村貞裕(なかむら・さだひろ)

トランジットジェネラルオフィス代表取締役社長。1971年生まれ。慶應義塾大学卒業後、伊勢丹を経て2001年、同社設立。「Sign」などカフェブームの立役者としても知られる。これまで世界一の朝食を食べられるレストラン「bills」などのほかに、「CLASKA」や「堂島ホテル」、シェアオフィス「the SOHO」など話題の空間を多くプロデュースしてきた。9月には「bills」の二子玉川店、また渋谷にオリジナルコーヒーとサンドイッチが話題の「café 1886 at Bosch」がオープンしたばかり。
http://www.transit-web.com/

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