鎌倉から、ものがたり。

<31>ガジュマルの木の下の家/バーンロムサイ

 鎌倉駅西口からてくてくと南に歩いて、約10分。由比ヶ浜大通りの六地蔵交差点に、「ban rom sai(バーンロムサイ)」のショップがある。
 開放的なショーウインドウ越しに見えるのは、自然な色合いのシンプルな服たち。いかにも着心地がよさそうな服に招かれ、店内に足を踏み入れると、今度はカラフルな布小物に目が釘付けになる。
 中でもひときわ個性的な品が、布製の長財布だ。表側が刺繍布のパッチワーク、裏側がしっとりとした光沢のタイシルクというお財布は、手に持った瞬間に、その可愛さ、華やかさに魅了されてしまう。
「このお財布はタイの古布を使ったオリジナルで、ショップでも人気のシリーズなんです。ただ、今では古布自体の入手が困難になって、少しでも無駄を出さないようにと、作り手たちが一所懸命パッチワークを工夫しているんですね」
 そう説明してくれるのは、店長の染谷美岐さん(38)だ。
 長財布と同じく古布を使ったパスケースには、ビーズをあしらったタッセル(房飾り)。鮮やかな色のさき織りポーチには、ファスナーの先に小さなチャーム。細部にいたるまで丁寧な愛情がこもった品は、タイの古都、チェンマイにある工房で、一つひとつが手作りされている。
 でも、なぜ、チェンマイなのだろうか? その背後に広がるのは、バーンロムサイの大きなストーリーだ。 
「バーンロムサイ」は、タイ語で「ガジュマルの木の下の家」という意味を持つ。1999年に、商業デザイナーの名取美和さん(69)が、HIVに母子感染した子どもたちの生活施設をチェンマイに設立した。その家に付けた名前が、この大らかな響きのある言葉だった。
 当初は任意団体として活動していたが、2011年にNPO法人「バーンロムサイジャパン」を発足。逗子にある日本の拠点では、美和さんの娘で、デザイナーの名取美穂さん(46)が運営を担う。
「母がバーンロムサイをスタートさせた時は、世の中に『社会起業』という言葉もなかった時代。完全なボランティアベースで、運営は寄付頼みでした。でも、それではやっぱり不安です。そこから、『少しでも自立していくことが大事だよね』と意識するようになり、母も私も好きだった手仕事から、ものづくりを始めたのです」(名取美穂さん)
 2007年にオープンした鎌倉のショップは、その活動の一環だ。バーンロムサイの服は、シンプルなワンピースでも、ラインの美しさ、素材と色合いのよさが評判で、同じ形を色違いで揃えるファンもいる。ワンピースをはじめ、着心地のいいカフタン(ブラウス)やスカート、パンツなどのラインナップは、チェンマイ産のコットンを使ったり、タイの少数民族の村に天然染めを頼んだりと、現地とのストーリーが添えられている。
「でも、バックグラウンドの話をお客さまに押し付ける気持ちは、まったくないんです。『支援だから』と、気に入らない品を買っていただくよりも、背景を知らないで『わ、かわいい!』と買っていただく方が大切なこと。そう思いながら、現地らしい材料で、現地らしい雰囲気をどう生かしていけるか、工夫しています」
「気に入ったものを買うことが、支援になる」という、新しい社会貢献のあり方。それが、鎌倉のショップから発信されている。

(→後編に続きます。)

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

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