このパンがすごい!

はさめばごちそう 魔法のコッペパン / まるき製パン所

まるき製パン所(京都)
 長くつづくものはすばらしい。つづけばつづくだけ、訪れる客たちの有形・無形の声によって磨かれ、作り手ひとりの思いを超えて、普遍的になる。まるで河原の石が水の流れに角をとられ、みな丸いように。創業から67年を経た、まるき製パン所のコッペパンを食べると、そんな思いが頭をもたげてくる。
 くにゅくにゅと揺れ動く。歯がない人でも食べられるほど口溶けにストレスがない。それほどやわらかいパンをオールナチュラルで実現している。だから、味わい清らか。でありながら、香ばしさや麦のあたたかさがあり、溶けるほどにほの甘くなってきて、具材に寄り添う。だからどんなものも受け入れる。
 はさむものみなおいしくするコッペパン。まるで魔法のように、さまざまなものがこのコッペパンにはさまるや、ごちそうに変貌する。たとえば、私がいちばん好きなハムロール。キャベツの千切りとハムをはさんで食べることなんて家でもできる。でも、京都までこなければ、それをこんなにおいしいと思うことなんて決してない。キャベツのぱりぱりを、パンのむにゅむにゅが包みこむ。「まったり」という京言葉の意味を教えてくれるような、おだやかなパンの甘さが、知り尽くしていたはずのキャベツやハムの味をこんなに愛おしくしてくれる。

 タマゴがじゅわっとジューシーにあふれるオムレツロール。コロッケロールでは、いかにも関西にきたと感じさせてくれる甘いソースがじゃがいもの味わいといっしょになって高めあう。惣菜パンのみならず、あんぱんやクリームパンさえ、同じコッペパンにあんこやクリームをはさんで作られる。
 具材に合わせて生地をひとつひとつ作り替える日本のパン屋にあって、このオールマイティぶりは異彩を放つ。そんなに同じ生地ばかりでパンを作って飽きられないのか? いや、そうではない。どんな具材にも自分を合わせられるニュートラルな生地だから67年も愛されてきたのだ。
 木元廣司さんはまるき製パン所の2代目として婿養子にきて、わずか半年で初代が急逝。作り方をきちんと教えてもらったことはないが、記憶だけに頼って創業当時からの味を再現する。その味わいとは、木元さんの言葉を借りれば、こんな表現になる。
 「余分なものが入ってない。この味がすごくする、というものが入っていないから、ずっと食べていただけるんでしょうね」
 生活に根づく。朝食に夕食にずっとまるき製パンのパンを食べつづけてきた京都人は多い。かって雑誌の企画で対談させていただいた創業80年の名料亭「京料理 木乃婦」のご主人、高橋拓児さんも「市場に行った帰りによく寄りますね。邪魔にならへんおいしさで、後で『あれ、食べたんかいな』て思うぐらいがいい」(『dancyu』2015年6月号)と。子供の頃から食べてきたソウルフード。舌触りがやさしく、味わいは突出しないから、一生食べつづけられる。
 売り場から見えている厨房の中も実に楽しそうだ。ご近所の奥さんたちがわきあいあいと惣菜をコッペパンにはさんでいる姿が見える。パンのメニューは彼女たちもいっしょに考えるのだという。まさに地域密着。よそ行きの味ではない、地元の人の日常の食べ物を食べることが、むしろ旅情を感じさせてくれて、私にはこよなく楽しい。

■ まるき製パン所
京都市下京区松原通堀川西入ル 075-821-9683
6:30~20:00(日祝7:00~14:00)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

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