料理家の台所(「東京の台所」番外編)

番外編<1>迷いと不安の日々を支えたもの

〈住人プロフィール〉
大塩あゆ美さん ・29歳
賃貸集合住宅・1DK・品川区
築年数40年・入居2年・ひとり暮らし

 今週から番外編として4回にわたり、料理家の台所を訪ねる。第1回は、心の奥が温かくなるような魅力的なお弁当を作る大塩あゆ美さん。そう、&w『あゆみ食堂のお弁当』でおなじみの彼女だ。いわば『東京の台所』×『あゆみ食堂』なのである。
    ◇
 ちょっと懐かしくて、ボリュームたっぷり。同時に斬新なアイデアも必ずちゃんと潜んでいる。私から見た、大塩あゆ美さんが&w『あゆみ食堂のお弁当』で作るお弁当は、そんなイメージだ。どんな台所か担当編集者に聞くと、「それがびっくりするくらいコンパクトなんですよ。それを隅々まで上手に使いこなして、次々とおいしいものが生まれてくるんです。本当に驚きます」とのこと。
 訪ねると、ひとり暮らしには広いが、プロが使うにはたしかにコンパクトな、良い意味で“普通”の台所だった。広さや設備に頼らず、段取りと智恵と経験で仕事をこなすのが料理家であるということを、そこに立つだけで実感できる。
 2面に窓のある風通しの良い台所で、まめまめしく立ち働く彼女の姿が容易に想像できた。
 彼女自身もまた、料理のイメージ通りの元気で朗らかな人だった。ところがよくよく聞くと、この台所にたどり着くまでの道のりは、不安の連続で、簡単に元気とひと言ではくくれないような時間が長く横たわっていたらしい。
 大塩さんは服飾系の専門学校を卒業後、アパレルブランドで半年働いた。彼女は語る。
「でも、そんなに面白いと思えなかったのです。私は他の同僚ほどアパレルに熱い情熱をかけられない。これは違うなと早い時期に気づきました」
 たまたま訪れた精進料理の店で「食事と体は繋がっている」という言葉を聞いた。シンプルな言葉がすぅっと胸にしみこむ。その日から野菜中心の生活を始めたら、悩んでいたアトピーが消え、体調がみるみるよくなった。
「料理っていいな、おもしろいなと感じました。アパレルの世界では、私はパターン(型紙)を自分の思い通りに引けなかったのですが、料理は自分の思った通りに味がなっていく。これは楽しいと」
 思いたったら行動は早い。食の世界にとびこみ、デリカテッセン立ち上げの手伝いや移動販売の補助などの仕事を次々こなした。その後、料理家たかはしよしこさんのアシスタントに就き3年半を過ごす。しかし、再び道に迷う。
「よしこさんは天才的。翻って私はどうなのか。やっていけるのか。いつかは独立したいけれど、そのために何をして、その後は何をすべきか。そもそも自分の強みとはなにか。ずっと悶々としていました」
 人生の新しい扉を開けるきっかけは、またしても料理だった。
「とにかく人を呼んで、自分の料理を食べてもらおうと自宅で毎週宴会をしました。友達の意見だけだと偏るので、知らない友達をどんどん呼んでもらうようにして。そのなかのひとりに、展示会をやるからその最中だけカフェを2日間やらないかと相談されたのです」
 初めて、お金をもらって料理を作った。友達の友達でもない、全く見ず知らずの人が自分の料理を「おいしい」と言って笑顔になって帰って行く。その人達を見て思った。
──ひとりでもやっていける。
 その日、大塩さんは独立を決意した。
 料理家という肩書は、名乗れば誰でもなれる。だが、仕事を発注してくれる人がいなければ、ただの人だ。大塩さんは、独立したはいいが、開店休業状態の日が続き、週3回乾物屋でバイトをしながらしのいだ。強い意志も、東京でひとりがんばっていると、折れそうになる夜もある。
「来月の家賃払えるかなとか思うと、だんだん泣けてくるんです。実家の静岡の母にもしょっちゅう電話していましたね」
 実家で旅館の女将をしていたという母は、肝が据わっている。帰ってこいとはけっして言わない。受話器の向こうから聞こえる言葉はいつも同じだ。
「そんなこと言っててもしょうがないんだから、とにかくおいしいものを作り続けなさい!」
 大塩さんは半泣きで言い返す。
「でも、もう東京にいられないかも……」
「大丈夫、大丈夫」
「そんなこと、なんでわかるの!」
「だっておいしいから。あなたは高校の頃から料理しているときが一番楽しそうだった。お母さんはわかってたよ。自分のいいと思うことをやりなさい」
 戻る場所を作らず、娘の背中を押し続けた母は、今はペンションでパートをしている。旅館をたたみ、料理からベッドメーキングまでこなしながら生き生きと働いているのだという。「経営する側だといろいろ考えなきゃだけど、雇ってもらう側は気楽で楽しいわ」と。
 ほんと、あの母には助けられましたよねえ、と大塩さんは笑う。まだ始まったばかりの料理家人生だが、今、旅に行く間もないほど仕事が詰まっているのは、迷いとためらいの時間が無駄でなかったことを証明している。
 そして、小さな台所でたくさんのおいしいものを生み出す能力の拠り所は、母のこんな魔法の言葉にあるのではないか。大丈夫、あなたの料理はおいしいから。

>>台所の写真はこちら

料理家の台所バックナンバー

東京の台所バックナンバー

PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
<記事のご感想・メッセージはこちらへ>
http://www.kurashi-no-gara.com/

トップへ戻る

番外編<2>父と母と中華街の夜

RECOMMENDおすすめの記事