ファッショニスタの逸品

暮らしをテーマに、一番のメディアを 松浦弥太郎さん

松浦弥太郎さん(撮影 山田秀隆)


松浦弥太郎さん(撮影 山田秀隆)

「確かに周りの人は少し驚いていたけど、僕自身はワクワクする仕事と巡り合えたことがうれしくて、なんの迷いもなかったですね」

雑誌『暮しの手帖』の編集長をおよそ9年間務めたのち、今年4月に日本最大のレシピサービスを運営するクックパッドに活躍の場を移した松浦弥太郎さん。この時代、編集者やデザイナーが紙メディアからウェブメディアへと仕事をくら替えすること自体、よくあることだ。ただ、創刊70年という歴史ある雑誌で名編集長として一時代を築きながら、あえて未知なる海原へと挑むことに、何の抵抗もなかったのか?と思った人は少なくない。その疑問に水を向けると、冒頭の言葉が返ってきた。

  

10代後半の頃、松浦さんはサンフランシスコへ単身渡米した。現地で本屋という本屋を片っ端から巡り、そのときに出合った写真集、アートブック、古書が、その後の人生に大きな示唆を与えた。「将来、小さな本屋を開いてみたい」と夢を抱き、帰国後はアメリカで買い付けてきた写真集など希少な洋書をトートバックに詰め込み、都内の著名なフォトグラファーやデザイナーを訪ねては、ひたすら売り歩いた。

暮らしをテーマに、一番のメディアを 松浦弥太郎さん

その後、トラックによる移動書店に形態を変えながら、36歳で中目黒の目黒川沿いに、夢だった小さな書店「COWBOOKS(カウブックス)」をオープン。
優れたセレクションが話題となり、次第に松浦さんの歩んできた半生やその人柄にも注目が集まりはじめた。エッセーを綴った著書は、幅広く支持されベストセラーに。40歳になると、『暮しの手帖』の編集長に就任。新たな読者層の獲得や部数増に貢献し、数多くの実績を残した。

  

そして50歳を目前にして新天地を求めた松浦さんは、クックパッドに入社してすぐ、新規メディアの立ち上げに取りかかった。プロジェクトに関わるスタッフは、デザインやシステム開発など4人のチーム体制。料理をテーマにしながら、暮らしの「知恵」と「学び」を発信することをコンセプトに、7月からウェブメディア「くらしのきほん」はスタートした。

  

松浦さんは記事の執筆だけでなく、自ら写真や動画を撮り下ろし、そしてサイトへのアップ作業までもこなしている。いまは平日休日、昼夜を問わず、まるで産声をあげたばかりの我が子を見守るように、出来たてのウェブメディアに夢中だ。

ウェブでの仕事はまったくの未経験だが、「もう死ぬほど勉強していますから」と話す松浦さんの表情から、いまの状況を楽しんでいることがうかがえる。

「この仕事の最大の魅力は、サービスやコンテンツをダイレクトに、そしてスピーディーに表現できること。すぐ方向修正できるのもうれしい。やってみて、せっかちな自分の性格にすごく合っているなと、いま実感しています」

  

もっとドキドキする新しい仕事と向き合う日々を

――松浦さんはなぜ、手作りのものが好きなのでしょう。

 僕が好きな民藝品や伝統工芸品の多くは、その技が残っている間に、私たち消費者が積極的に使っていかないと、「昔こういうのがあったよね」で絶えてしまう。だから、少し無理をしてでも、使いたいのです。手作りの物には独特の味があるし、色気があると思います。

――欲しいと思った物は、多少高価でも買ってしまいますか。

 そうですね。そう考えると、何のために仕事をしているのか、時々分からなくなります。他人から見たら、僕なんか愚かものでしょうね。でも、自分の求めるクオリティーに応えてくれるような上質なものと出合うと、やっぱり自分自身が楽しくなります。勉強にもなりますし、つねに物と対話しているような感覚です。自己投資でもありますね。

――「対話」とは具体的にはどういうことでしょうか。

 いい物は、いい友だちと同じように、自分の器を広げてくれるんです。今日ご紹介するライカも、買った瞬間から「お前、本当に使いこなせるのか?」と聞かれているような気になります。「これでいったい何を撮るんだ」「フルスペックで使ってくれよ」と。結局、本物を手にすると、使う側の能力やセンスも問われるわけでハラハラしますよ。

――それはライカに限った話ではないですよね。

 そうです。「お前にはこれを着こなせるのか」「この良さが分かるのか」という先には、突き詰めると「豊かな暮らしというのはどういうことなのか」、また「美しさとはどういうことなのか」というテーマが待っています。そして、「ならば、それを持つのに相応しい人間になるためにどうしたらいいのか」と。禅問答みたいなものですね。

――7月から「くらしのきほん」がサイトオープンしました。

 暮らしを支えるサービスとして、ユーザーにとってなくてはならない、なくなっては困るメディアを作りたいと思っています。自分だったらどういうコンテンツが欲しいとか、どういう空気感のメディアがいいとか。何を知りたいのかとか。自分自身が「くらしのきほん」のヘビーユーザーなので、クレームもいちばん最初に出すのが自分でありたいですね。

――編集者として、雑誌との違いを感じますか。

 違いはそれほど感じません。雑誌はページをめくりながら写真とテキストの構成と流れを考えますよね。ウェブメディアも同じです。「UX(ユーザーエクスペリエンス)」と言いますが、見て、触るものとして快適性を求めるのは、雑誌の構成と通じるものがあります。

――ウェブの仕事のどこにやりがいを感じていますか。
 僕はウェブメディアに、表現手段の選択肢と可能性がこんなにあることを知らなかった。「松浦さんは、この技術開発のクオリティーと同等のコンテンツを作れますか」と言われたら、悔しいけどまだできないと答えるしかないときがある。そこが今後の自分の課題だと思います。

――エンジニアのクオリティーに編集者がついていけていないということですか。

 そうです。僕らが目指さなきゃいけないのは、技術開発力とコンテンツの企画力が同じレベルのクオリティーでせめぎあう状態。いまは恥ずかしながら、技術開発力のほうが勝っている。世の中にいろんなウェブサイトがあるけど、大半はタイトルであおって中身を読んだら、がっかりしたり、なんだこれ?っていうものばかりです。ユーザーの貴重な時間を無駄にしてしまうこと。つまりコンテンツにクオリティーがないということ。僕は技術開発とコンテンツを同等レベルにもっていきたい。それを「くらしのきほん」でやってみせるぞと思っています。

――転職されたとき、周囲の反響はいかがでしたか。

 「すごい決断をしましたね」とか、「アナログからデジタルの職場でたいへんでしょう」という質問をよくされましたが、あちら側とこちら側というような考え方は、正直、どうでもいいことです。どこにいようと、昔から単純にただやりたいことにチャレンジしてきた。遠慮などせずに、思いっきり仕事をしてみようという気持ちでいます。

――とはいえ、新しい職場はさぞかし大変だろうと思ってしまいます。

 自分が管理されながら仕事をしているとそう思うのであって、自分が主体的にやっていれば、そうは思わないものです。僕はいま日曜、祝日、朝も夜中も関係なく24時間体制で仕事をしていますが、大変だという気持ちはありません。

――そもそもなぜ転職しようと考えたのですか。

 49歳を迎えようとしていた時、これから先の自分の人生では、今までやったことのない新しい仕事をチャレンジしたいと思いました。今の立場とか、今までのキャリアとか取っ払って、もっとわくわくしたり、もっとドキドキしたり、もっとハラハラするような、新しい仕事と向き合う日々を望みました。

――そう思うきっかけは何だったのですか。

 ある日の夕方、ふとスマホでクックパッドを眺めながら、「いまこの時間にすごい数の読者が夕飯の支度前にこのサイトを検索しているんだ」と思ったんですね。そのときクックパッドには、叶わないなあ、勝てないなあと感じて、転身を考えました。去年の暮れのことです。

――クックパッドの方々とは、ちょうどその頃に出会ったのですか。

 そうです。クックパッドを創業した佐野陽光さんらとお会いする機会があって、仕事のチャンスをいただきました。

――クックパッドで実現したいことはなんですか。

 料理とは暮らしの中心にあるものです。ですので、暮らしというテーマでは、いまもクックパッドが一番のメディアだと思っています。将来、クックパッドがさらに世界中の人の暮らしを支えるメディアサービスとなるように、その中で、自分にしか出来ない発明を、たくさんしていきたいと思っています。その最初の一歩が「くらしのきほん」なのです。
(文 宮下哲)

    ◇

松浦 弥太郎(まつうら・やたろう)

1965年東京生まれ。渡米後、アメリカの書店文化に触れ、日本におけるセレクト書店の先駆けとして『COWBOOKS』を立ち上げる。多方面のメディアにてエッセイストとして活躍。2006年から15年3月まで、約9年間『暮しの手帖』の編集長を務める。2015年4月、クックパッドに入社。新聞、雑誌の連載のほか、著書多数。
くらしのきほん https://kurashi-no-kihon.com/

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