このパンがすごい!

ごくごくと飲み干したくなる明太フランス/パンストック

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明太フランス

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曲線を描くひとつながりのパン棚が驚きとともに客を出迎える

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フランス産小麦のバゲット

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クロワッサン。火ぶくれのように、薄皮が盛り上がって斑点を作っている様子で、層がきれいにできているのがわかる

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平山哲生シェフ。ひとつ質問するとアイデアが4つも5つも飛びでてくる。彼の頭の中はいつもパンをめぐる思考で満ちあふれている

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次々と焼きだされるパンが店内の熱量を高める

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外観。毎朝開店前には行列ができる

パンストック(福岡)

 曲線を描くひとつながりのパン棚が客を出迎える。薄闇の中、スポットライトを浴びて浮びあがる山盛りのパン。ひどくおいしそうな顔をしている。クルミとレーズンのルヴァンはたっぷり入った大粒レーズンでごつごつしているし、パン・ド・ミの頭でっかちな鍵穴型はのびのびふくらんだことを示して……あれ食べたいこれ食べたいと思わせる吸引力にどのパンも満ち満ちている。

 あれもこれもとトングを伸ばす結果、心づもりをはるかに超えてトレイはパンでてんこ盛りになる。店を出たあと、ふと我に返って気づく。これをぜんぶ食べていたら、いくらお腹があっても足りないと。福岡に行ったらラーメンを食べて、水炊きを食べて。そんな夢は、パンストックに行った限り、きれいさっぱりあきらめる他はないのか。

 いや、そうでもない。真に食べるべき博多名物は、パンストックの中にこそあるのだから。入口近くの壁を見よ。「明太フランスは注文してから焼くのでお時間をいただきます」の貼り紙。自家製のめんたいフィリングをたっぷり塗りつけたバゲットを注文後にオーブンであたためる。通常の工程を一旦休めてまでこだわる、めんたいフランス熱々パワーの威力とはどんなものか。

 バターのとろけに乗って、たらこのダシがどこまでも広がりでて、海の香りがもうもうと湧きあがる。香りとコクに満ちた液体をバゲットの中身が吸ってふにゃふにゃになっているところが、またおいしい。トゥーマッチではないかと思われた海の香りも辛みもすべて、ぽわんとしたあたたかい小麦味の中にすべて吸い込まれて、やさしくなっている。食べやすさのせいで、まるでブイヤベース(魚介スープ)みたいに、パンを「ごくごくと飲み干して」しまうのだ。

 バゲットだけを見ても秀逸。薄くて硬い、ばりばりと割れる皮。一方で、硬くならずふわふわとしている、中身の白い部分とのバランス。そこには、フランスで修行をした平山哲生シェフの、本場のバゲットを知る人らしさを感じる。

 それだけではなく、一本のバゲットに共存しているありえないいくつかは平山さんの経歴からくるものなのだろう。脱脂綿のようなやわらかい風合で唇を撫でる中身の気持ちのよい食感と香りに浅野正己さん・井出則一さん(東京・神宮前「デュヌラルテ」の創立者)の革新を感じ、すばらしい甘さは志賀勝栄さん(世田谷「シニフィアン・シニフィエ」のオーナーシェフ)の起こした発酵の革命を想起させずにおかない。イノベーターの系譜。平山さんはこの二つの流れを引き継いで融合させる、新世代の旗手である。

 私事であるが、私は「新麦コレクション」という団体の代表をしている。とれたて挽きたての小麦の魅力を通じて、国産小麦のおいしさを知ってほしい。全国47都道府県で育てられる小麦から、その土地のテロワールや食文化にあった、おいしいパンをたくさん生みだすことをヴィジョンとする。そんな楽しい未来を招き寄せるには、若き才能である平山さんの力を借りるしかない。

 いまパンストックが、福岡県産ミナミノカオリで新麦のルヴァン(カンパーニュ)を焼いている。ふわっと香る発酵種の香りは、ブランデーのような香気に満ちている。カンパーニュらしからぬエアリーな中身はバゲットのそれと同様。そこからやさしい甘さが溶けはじめてくる。やがてスポンジほどの勢いで中身が唾液を吸い込んだかと思うと、一瞬のうちに全体にまわり、生地はなし崩しに消え去る(どんな手品かと思うほど鮮やかに)。皮の細かな破片は宙を舞い、小麦の甘さの大地に降り積もり、やわらかな穀物的フレーバーをふりかける。

 この小麦の甘さ。フランス産のように強くはないのだが、やさしく、心に迫る確実さで芯を打つ。私は知った。これが福岡の小麦のおいしさなのだと。北海道産に隠れて全国的にはいささかスポットが当たっていない九州産小麦だけれど、平山さんというよきトランスレーターに出会って、魅力を広く知られていくことになるのだろう。

 平山さんの夢はこうだ。
「ひとかけらだけ食べても、なんかわからないけどめちゃくちゃおいしい。そんなパンをいつか作ってみたい」
 私にとってはすでにそうなのだけれど。

■パンストック
福岡市東区箱崎6-7-6
092-631-5007
10:00~19:00(月及び第1,3火休)
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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

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