料理家の台所(「東京の台所」番外編)

番外編<2>父と母と中華街の夜

〈住人プロフィール〉
重信初江さん・46歳
賃貸集合住宅・2LDK・世田谷区
築年数40年・入居10年・ひとり暮らし
    ◇
 常備菜、サンドイッチ、酒のつまみ。ふだんの食卓に登場する何でもない料理が、この人の手にかかるともれなく一味も二味も違った逸品になる。
 ライフスタイルやその人自身のキャラクターなど、レシピ以外の側面がクローズアップされがちな料理家が多いなか、どこにでもある食材を、できるだけ簡潔なレシピで、すこぶる美味しく仕上げる彼女の実力は、料理編集者の間で絶対的な信頼感を集めている。そして私は、そんな質実剛健な職人的料理家ほど大きな興味がある。ふだんどんなものを食べて、どんな台所を使っているのか。なぜその道を選んだのか。どんな修行をどれくらいしたのか。そして、どんな家庭で育ったのか──。
 10カ月前、拙著『東京の台所』(平凡社)の取材で、彼女の台所を訪ねた。世田谷で古くから家具店を営む父の体調が良くないのだと、淡々と語っていた。気むずかしい人で幼いころから苦手だったのだ、と。
 その2カ月後、息を引き取った、あっという間の出来事だったと、今度はメールで知らせが届いた。近況のついでにちょっと書き添えられているだけで、やっぱり文体も淡々としているのであった。
 彼女の住む古いデザイナーズマンションの中庭の柿の木の葉が色づき始めた今秋の初め、再び台所を訪ねた。メゾネットの上階の天窓から日差しが注ぐ開放的な台所で、彼女は10カ月前と変わらぬ笑顔で迎え入れた。
「料理の撮影で死に目には会えなかったのです。入院してから、想像以上に早く病状が進んでね。本当は母と3人で行こうとチケットを取っていた台湾旅行も行けずじまいでした」
 26歳でひとり暮らしを始め、料理のアシスタントを12年した。仕事に夢中で、同じ世田谷区内にいても、父と飲みに行ったり旅行したりすることは、とうとう1度もなかった。
「もっとパッパと決めて、早く台湾に行っとけばよかったな」
 重信さんはつぶやく。ただ、1度だけ両親と中華街に行けた。それが今は小さなよすがになっている。
 がんの告知を受けた父が急に「初江の誕生日だから中華街に行こう」と言い出した。大人になって誕生日を親子で外で祝ったことなどなかったので驚いた。ただ、美食家の重信さんにとってこの外食はいろいろと大変だったらしい。
「だって年寄り2人と私ですよ? ペースが合うはずがない。私は中華街では好きなものをアラカルトで食べたいのに、父が勝手にもうコース料理を頼んでいるし。わたしの誕生日なのにね。食べたらすぐ“もう出よう”と言うし。年寄りってゆっくり食べないんですよね。余韻がないの。もう本当にこのメンバーで行くのは大変だわと思いましたね(笑)」
 告知されてから父とまともに食事したのは、そのときが初めてだった。体調が悪くなり始めていて、飲んだビールは1杯きり。若い頃から飲んではさんざん暴れていたあの父が、と寂しさがこみあげた。
 父は感情の起伏の激しい人だが、料理が好きだった。彼女が幼い頃は、パートに出ている母に代わって、店番をしながら夕方から料理の仕込みをした。おからや特製のゴマだれを作ったり、ちゃぶ台に寿司のネタを盛って腕まくりをすることも。
「ヘイいらっしゃい、何を握りましょうってお寿司屋さんになってくれるんです。ただ、父の料理はしょっぱいし、油っぽいし、子ども心に母の料理のほうが全然うまいなあと思っていました。塩加減とかね、母のほうが絶妙なんです」
 ただ、と重信さんは遠くを見ながら慈しむように言葉を続けた。
「料理が好きな気持ちは全然母より強かったですね。うん、ほんと強かった」
 18歳で料理の専門学校に進んだ重信さん。2歳下の弟も、料理は大好きである。
 どんな家族にも、ひとことではくくれないようないろいろがある。身内だから遠慮をしないし、だからこそ些細な出来事が尾を引くこともある。それでも、中華街の一夜や、お寿司屋さんに扮した父をこんなにも優しい目で述懐する重信さんを見て思った。料理好きの遺伝子は父からの贈り物。目に見えない素敵なものを受け継いだ。この仕事を続ける限り、彼女の心のなかにお父さんは棲(す)んでいる。
 今、心配なのは遺された母のことだという。張り合いがなくなったのか、料理がおっくうになった。近所に住む重信さんは食事の相手をしたいが、母は頑なに「18時に食べる」といって聞かない。
「私は仕事をしているので、その時間には行けません。かといってこの台所で何かを作るということはしない。ふたりでたまに飲みに行くくらいですかね、今私にできるのは」
 母も彼女も酒が好き。近所のイタリアンや和食屋で、互いに失った人の穴を、酒と語らいで埋めあっているのかもしれない。せっかちで、短気で。味が濃いけれど誰よりも料理が好きな父を思い出しながら。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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