鎌倉から、ものがたり。

<34>掌の中でうつわが、育っていく

(「うつわ祥見 onari NEAR」前編はこちら

 祥見知生(しょうけん・ともお)さんが鎌倉の御成通りにギャラリーショップ「うつわ祥見 onari NEAR」を出したのは2009年のこと。それ以前は、鎌倉の高台にあった住まい兼ギャラリーで、定期的にうつわの企画展を催していた。

 ただ、それだと遠来のファンが訪ねにくい。「ゆっくりと見ていただく空間」が必要だと思っていた時、御成通りに入居者募集の空き店舗を見つけた。大家さんの案内で中に入ると、ガラスのウインドー越しに目に入ったのが、お向かいの「くろぬま」だ。ここは昭和20年に創業した紙屋さんで、懐かしい玩具も置いて、界隈に温かな雰囲気を与えている。

「くろぬまさんのおじいちゃんがお店番をして、子どもたちにやさしく接している姿を日ごろから見ていて、いいなあ、とずっと思っていたんです。そのお店がここから真向いに見える! ということで即決。店内が何平米かとか、そういうのはまったく考えませんでした」

 冷静な語り口の祥見さんだが、実は人情とパッションの人なのだ。

 北海道で育った子どものころから、とにかくうつわが好きだった。実家は、昭和時代の雰囲気ある木造の平屋。渡り廊下伝いに祖父の離れがあり、そこに置いてあった陶磁器やグラスでひとり、おままごとに興じるような女の子だった。

「10代になっても、1万円のお小遣いがあったら、服ではなく『わ、うつわが買える!』と喜ぶような感じで(笑)」

 うつわ好きの真ん中には、自分が育った家庭の食卓の光景がある。仲のよい両親と2人の姉とで囲む食卓は、温もりと幸せに満ちていた。「家族で一緒にご飯を食べる」という暮らしの基本。その基本を支えているのが、いつの時代も「食とうつわ」なのである。

 ただ、スピードと利便性を競う今の世の中で、そのような「当たり前」が、だんだんと影を薄くしていることが、残念でならない。食べることの尊さ、その食べ物を盛るうつわのいとおしさを「手渡していくこと」が、深くうつわに関わってきた自分の役目だと思っている。

『うつわ日和。』『器、この、名もなきもの』など、うつわをテーマにした本を、写真とともに数多く著してきた。各地の美術館やギャラリーを舞台に、テーマ性の高い企画展のプロデュースとディレクションも務める。亀田大介さん、吉田直嗣さん、吉村和美さんという3人のうつわの作り手と、鎌倉の「なると屋+典座」の料理人、イチカワヨウスケさんがコラボレーションをする『LIVE 器と料理』という、「うつわと食の今」を表現する書籍も世に送り出した。もっとも新しい仕事では、高知の陶芸家・小野哲平さんの作品集「TEPPEI ONO」の企画・編集を手がける。その縦横な活動は、ひとえに「伝えたい」の一心からだ。

「うつわがちゃんとしてれば、そこに盛る食材の『地の力』はいっそう引き立ちます。たとえば胡瓜や茄子など旬の野菜は、置いただけで、『わっ、すごいごちそう!』と感じることができるんです」

 祥見さんに、「うつわ入門は何からはじめるといいですか」と聞いてみた。すすめてくれたのは、南蛮焼締の「めし碗」だ。

「最初に『めし碗』を手にとってもらいたいですね。めし碗って、毎日使うもので、掌で包み込む形でしょう。掌の中で毎日使っていると、うつわが『育って』いく。その感触をぜひ味わってほしい」

 うつわを育てる――。小ぶりなめし碗を 手の中に包んでみて、「いい言葉だなあ」と思った。

(次回は11月6日に掲載する予定です)

◆清野由美さんの&w連載「葉山から、はじまる。」が1冊の本になりました。『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)はこちらから。

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

<33>「本物」のうつわを、普段使いする喜び/うつわ祥見 onari NEAR

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<35>「タルト男子」が開いた、本格ビストロ/ランティミテ

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