料理家の台所(「東京の台所」番外編)

番外編 <3>親子3代料理家。毎日9人で夕ご飯

〈住人プロフィール〉
ほりえさわこさん ・42歳
戸建て・2K +5LDK+2ストックルーム・世田谷区
築年数42年・入居42年・父(74歳)、母(堀江ひろ子さん・料理家・68歳)、長女(10歳)、長男(7歳)の5人暮らし
    ◇
 夕食は最低でも毎日9人分を作る。両親、祖父母、長女、長男、姪っ子、義妹、ほりえさわこさん。さらにしょっちゅう子どもの友だちが泊まりにくるので、12人や13人になることも多い。取材中も、ママ友から電話が来て「オッケー、あさってね。了解」とよその子どもを預かる約束をしていた。さわこさんは語る。
「9人も13人もそんなに変わらないもんですよ。自分自身が大家族の食卓で育ったので、これが普通なんです。親子3人でごはんを食べること? 年に2~3回、あるかないかですね」
 母、堀江ひろ子さん、祖母、堀江泰子さんともに著名な料理家である。泰子さんは、まだ広く普及していなかった電子レンジにいち早く注目。積極的に活用し、手間のかかる和食を手軽にし、家庭料理に新風を吹き込んだ。ひろ子さんは手軽な家庭料理はもちろん、成人病予防や老人給食の指導でも知られる。 
 さわこさんが幼い時は、NHK『きょうの料理』出演をはじめとし、雑誌や料理本の撮影など母や祖母は忙しく立ち働き、家にもスタッフが多数出入りしていた。そのため大勢の食事は日常だったのである。夕食は18時、テレビは消し、みなで「いただきます」をする。
「今もその習慣は変わりません。18時にみな食卓に座る。ご飯中心に1日が回っていく感覚があります」
 家族間で気をつけていることはただ一つ。「疲れた」と言わないことである。
「100歳の祖父が元気でいてくれるので。おじいちゃんが疲れたって言うまで、私たちは疲れたって言えないね、って。子どもたちにもそう言ってます」

 忙しい母や祖母に代わって夕食の用意をしていたのは、今は亡き曾祖母である。さわこさんにとって、その味が料理の原点だ。
「学校から帰ると近所の曾祖母の家に行っていました。そこは祖父母も同居なのですが。5時45分になると、“ちょっと手伝って、お味見してちょうだい”といわれるの。それが楽しみでね。だって、できたての美味しいものを一番に味見できるんだもの。忙しいバタバタの中で手伝わされるのではなく、しみじみしたおばあちゃんの丁寧な料理をそばで見られた体験は大きいです」
 煮しめ、酢の物、かぼちゃの味噌汁。なんでもない惣菜が「いちいちおいしかった」とさわ子さんは振り返る。

 料理家になってほしいという祖母と母の願いは、子どもの頃から痛いほど感じていた。来客はみな「将来は継ぐんですよね」という目で見る。心の中ではいつかやるんだろうなと思っていたが、腹をくくりきれない部分があった。小さな頃から聞き続けてきたセリフに、素直に「YES」と言うタイミングをつかめないまま、女子栄養大に進んだ。
「あまのじゃくなんで。卒業後もバイトをしてイタリアに語学留学をしたり、韓国にホームステイをしたり。料理家になると腹を決めるまでにちょっと遠回りをしましたね」
 決心が付いたのはイタリアでのことだ。現地では、いろんな人から「なぜイタリアに来たのか」と聞かれる。答えに窮した彼女は、苦し紛れにこんな言葉を発した。
「イタリアの家庭料理を学びたいのです」
「コックになるの?」
「いいえ、家庭料理の先生になりたいの」
 自分で答えながら、自分で驚いた。日本では一度も言ったことのないセリフだったからだ。さわこさんは振り返る。
「日本では祖母や母が大喜びするなか『やるのが義務で、当たり前』になるのがいやだったので、そう簡単に言えなかったのです。口に出して初めて、私やるんだなって自分の気持ちを再確認した思いでした。自分の腹が決まった瞬間です」

 それから18年。グラノーラを電子レンジで作ったり、離乳食をフリージングしたり、シリコンスチーマーをとりいれたり、おいしくて手軽で時短になる料理を次々考案してきた。とりわけ忙しい母親たちから支持される料理家として知られた存在である。そんなご本人にとって、親子3代料理家という特異な家系に生まれたことはどう受け止めているのだろうか。
「料理家というのは、幸せのお裾分けができるありがたい職業だと思います。おいしいものを食べて怒る人はいません。うちに来た人はみなありがとうと言う。幸せな仕事をさせてもらっているなあと思います」

 どんな料理家を目指していますか、と呆れるほどざっくりした質問をした。彼女は笑顔で即答した。
「シンプルで、わかりやすくて、特別じゃなくスーパーにある食材で作れるもの。誰もがリピートしやすい料理を作れる料理家になりたいです」

 これぞ堀江家が代々提案し続けてきた家庭料理の真髄である。曾祖母のかつおぶしを味見し、大家族でわいわいいいながら食事中心に毎日が回っていた家に育ったさわこさんだからこそ伝えられる正しい家庭料理。かつて訪れた来客がそうだったように、わたしも思わず無遠慮に聞いてしまった。
「ほりえ家4代目のご予定は?」
 さわこさんは、慎重な母の表情になった。
「強制はしません。のぞんだらウホウホ協力はしますけど。うちの子? ふたりとも料理が好きなの。7歳の長男は揚げ物が得意で、この間はゴーヤの搔き揚げを作ってくれましたよ~」
 迷った時間が長いぶん、我が子に関しては負担にならないようおもんばかっているのがよくわかった。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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