鎌倉から、ものがたり。

「タルト男子」が開いた、本格ビストロ/ランティミテ

「タルト男子」が開いた、本格ビストロ/ランティミテ

 鎌倉駅西口の線路沿い。鎌倉名物「ホテルニューカマクラ」の前を通って、少しだけ歩いた場所に小ぶりの一軒家がある。2階に続く階段の入り口に、トリコロールの旗と小さなメニューボード。階段を上がり、ドアを開けたら、パリ下町のアパルトマンを訪ねたような、親密な気分に包まれた。まさしく店名の「ランティミテ」(フランス語で「親近感」の意味)そのままの、温かな空間だ。

 店を切り盛りするのは、シェフの山内裕樹さん(38)と、奥さんの由美子さん(39)。明るい笑顔できびきびと働く裕樹さん、ゆったりと丁寧な接客の由美子さん。二人のコンビネーションが、アットホームな空気を後押しする。

 しかし料理を前にした時、アットホームな気分はいったん吹き飛ぶ。質、量ともに、まったく手を抜いていない、本格派のビストロ料理に圧倒されてしまうのだ。

 たとえばランチコース。レバーパテのカナッペとキッシュのアミューズで軽くはじまった後、まず前菜にびっくり。カマンベールチーズといちじくをあしらったぜいたくなサラダに、素朴な田舎風パテと、豚肉にナッツやスパイスを合わせた特製パテが、惜しげもなく盛り付けられている。それぞれのパテには、付け合わせ用のマスタードソースと、しょうがのジャム。それらのすべてが、もちろん自家製である。

 メインの料理は、その日の素材によってメニューを変えていく。この日は魚が伊東産のシイラ、肉がシェフの熟成させた牛みすじ肉。そこに、なすとトマトのモロッコ風サラダと、地元で買ったセルベス(赤芽)と里芋を付け合わせる。デザートはレモンタルトのベースに栗のモンブランを合わせた、重厚感がありながらも爽やかな一品。食後は、心もお腹もいっぱいだ。

 「シンプルでうまい、それが僕のポリシー。だから量も大事で、特に肉料理にはこだわりがあります。せっかくいらしてくださったお客さまに『あ、これだけか』『なんか、ものたりないな』と失望してもらいたくないんです」

 そう語る山内さんは、子どものころから料理が大好きだった。中学生の時には、自分で焼いたタルトを学校に持っていき、友達に振る舞っていたほど。高校生の時はテレビ番組「料理の鉄人」に刺激され、友達を家に招いて、フルコースのフランス料理を供したという。

 「こつこつと本を読み込んで、全部、自分で作りました。それほど好きだったんですね」

 料理界の名門、辻調理専門学校の「エコール辻 東京」に進み、南仏リヨンにあるフランス校で研鑚を積んだ。フランス滞在中は、ここぞとばかりに星付きレストランを食べ歩いた。女性シェフのアンヌ・ピックが統括する「メゾン・ピック」や、ブルゴーニュの村にある「ラ・メゾン・ラムロワーズ」など、この時に触れた一流シェフの美意識とレストラン文化は、山内さんのベースに蓄積されている。

 「だから、ここを省けば効率が上がるのに……と思いながらも、手抜きができないんです。ランチもディナーも『今、食べていただきたいもの』をお出ししたい一心で、原価率の計算とかが後回しになっちゃう(笑)」

 その代わり、急がない。ランチもディナーも一皿一皿をゆっくり出して、そのペースを理解し、楽しんでくれるお客さんと、食の喜びを分かち合う。鎌倉で過ごす時間がゆっくりと流れていく。(→後編に続きます

ランティミテ(L’intimité)
神奈川県鎌倉市御成町13-36-5 2F

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

掌の中でうつわが、育っていく/うつわ祥見 onari NEAR

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フランス流マイペース営業の、隠し味/ランティミテ

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