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<29>昭和4年築の長屋に広がる幻想空間

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 大阪・梅田から歩いて約10分の中崎町は、細く入り組んだ路地に古い木造の民家が立ち並ぶエリア。10年前からカフェや雑貨屋、ヘアサロンなどが集まるようになった。

「大正末期から昭和初期にかけて、大阪が東洋一の都市で“大大阪時代”と呼ばれていた頃、このあたりがニュータウンとして整備され、長屋が建設されたんです」

 そう語るのは、2007年からこの地で「珈琲舎・書肆アラビク」を営む森内憲さん(42)。昭和4年に建てられた長屋を利用した、ブックカフェとギャラリーのある空間だ。

 森内さんは大学院で社会工学を専攻し、卒業後はゼネコンに就職。全国を転勤しながら数々のプロジェクトに関わってきた。30歳を過ぎてそんな生活に疲れを感じ、生まれ育った大阪に拠点を構えたいと思うようになった。小さい頃から本が好きで、休日に美味しいコーヒーの店を巡るのも好きだったことから、古本とコーヒーの店を始めることにした。そのことをかねてから交流のあった作家の津原泰水さんに報告したところ、「紹介したい人がいる」と言われた。それが、画家の金子國義さんと人形作家の四谷シモンさんとの出会いだった。

「金子さんに『お店に絵も置いたらいいじゃん』と言われて、ちょっと大変なことになったと思いました。はじめは古本とコーヒーという自分がよくわかっているものから試用期間として始めたかったのですが、ギャラリーというチャレンジする部分も加わったんです」

 幼い頃から幻想小説の世界に惹かれていた森内さんは、中学生の頃に初めて澁澤龍彦の小説を手に取った。ところが同時期に澁澤がこの世を去り、その足跡を追い求めて金子さんや四谷さんの世界へと足を踏み入れるようになった。それが巡り巡って、30代になって思いがけず本人たちとの交流が芽生え、二人の作品をはじめとする幻想的な世界観を持つ作家の作品を扱うギャラリーオーナーとなった森内さん。

「これらは幻想美術という呼び方があるのですが、僕は小説も絵も嘘を書いているものが好きなんです。怖いものとか現実離れしたものに惹かれるのは、自分の観念や思い込みを崩したいという気持ちがあるからかもしれません」

 かつて会社員だったせいか、店というものはオーナーがいなくても同じクオリティを維持し、継続させるものだという考えを持っていた。しかし、ここ最近、個性的なギャラリーのオーナーが亡くなると同時にそのギャラリーが消滅してしまうのを目の当たりにし、考えを改めるようになったという。

「ギャラリーという業務は、誰がやっても変わらない継続性よりも、自分の個性や感性で勝負して一世一代のものでもいい、という開き直りのような覚悟が固まってきたんです」

“大大阪時代”から残る長屋の引き戸をがらがらと開けると、そこには古本と香り豊かなコーヒー、そして幻想的なアート作品が渾然一体となって存在している。この空間自体、森内さんが創り出した幻想のようでもある。

■オススメの3冊

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『偽少女』(土井典)
 日本で初めて球体関節人形を作った人形作家・土井典の作品集。「日本の球体関節人形の歴史は浅くて50?60年くらいなんですけど、黎明期に自由に作品を作っていた人でもっと評価されてしかるべき人。三島由紀夫や寺山修司の舞台や映画で美術を担当していたこともあるんです」

『忘れられない日本人移民 ブラジルへ渡った記録映像作家の旅』(岡村淳)
 ブラジル在住の記録映像作家・岡村淳が、知られざる日本人移民の人生を記録した一冊。「僕がこの人の大ファン。切れ味のいいおにいちゃんみたいなおじさんみたいなんですけど、取材対象者に真摯に向き合い、現実からふっと離れる瞬間を収める、すごい人なんです。ぜひこの人の上映会にも行ってほしい」

『天守物語』(画/金子國義、作/泉鏡花、監修/津原泰水)
 2015年3月に他界した金子國義が愛した泉鏡花の「天守物語」の数々の場面と、金子の作品を重ね合わせた画文集。「金子さんが遺した絵やデッサン、コラージュなどを合わせて作った一冊。一部、天守物語のために描いた作品もあります。泉鏡花ってハイカラな人だったから、この作品も喜んでくれているんじゃないかな」

(写真 太田未来子)

    ◇

珈琲舎・書肆アラビク
大阪市北区中崎3-2-14
http://www.arabiq.net/

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

<28>日本文学の宝庫でコーヒーを飲む

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<30>本のお供に手作りパイ 問屋街の憩いの場

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