東京の台所

<112>DJ×会社員。“両極端”を支えるこだわりの自炊

〈住人プロフィール〉
会社員・32歳(女性)
賃貸マンション・1LDK・東急田園都市線 池尻大橋駅(世田谷区)
築年数約24年・入居3カ月・ひとり暮らし
    ◇
 音楽と酒と料理と仕事。台所とリビングを見ただけで、彼女の好きなものが手に取るようにわかる。
 ピカピカしているのが嫌で自分でアイアン塗料を塗ったというダイニングテーブルの上には、数本のワインとグラスが幾つも並んでいた。
「きのう宴会をやったばかりで片づけていないんです、すみません」
 日曜朝にもかかわらず、今年はやりのフェイクファーのふわふわした帽子をかぶり、フェミニンな花柄のワンピースにきっちりメイクをした彼女は頭を下げた。
 リビングには大量のレコードが収められたキャビネットが。広告会社でプロデューサーとして働く傍ら、学生時代から続けるクラブDJとしての顔も持つ。

 料理は和食が多い。だしは「昆布強めにいりこと鰹」が定番。醤油を使わなくてもすむほどおいしい関西風のしっかりしただしは、週末にまとめて作り置きする。カレーは2年前から「ルーを使わず、スパイスから作る」と決めている。新卒で新聞社に就職、初めてひとり暮らしをしたときから、どんなに疲れて帰ってきても家でご飯を作る習慣は変わらない。転職した今も、帰宅が深夜になることも多いが、外食はしない。自分でとっただしで作る鍋やうどんの味がいちばん安心すると言う。
 目の前のファーハット姿と、料理への愛を語る姿のギャップが興味深い。
「両極端なんです、なにごとも。転校が多かった小学校時代からそうで、どこへ行っても学級委員をやらされる。そういう自分に反発したい、ガキ大将でいたい自分もいて、その頃は多少生きづらさもありました。でも中学でパンク音楽やクラブミュージックに出会って、ああ自分は両極端が好きなんだと。それでいいんだって納得できてからは、むしろ両極端に生きてやろうと思うようになりましたね」
 とはいえ、新聞社に入社したころは、自分でも気づかぬうちにおとなしい振る舞いになっていたらしい。あるとき、社の廊下で、面接官を務めた上司に呼び止められた。
「君は、うちの会社に合わせようとしていないかな? 会社に染まってきているような気がするんだが」
 彼女は、真意を理解しきれずただ立ち尽くしていた。彼は続けた。
「ものごとには、中心と周縁がある。周縁がどんどん広がっていくことによって中心が強くなることもあるんだ。周縁にいて中心を広げるために君は採用されたんだよ。もっとやりたいようにやりなさい」
 彼女は、はっとし、そこから自由に好きなことをやろうと気持ちが大きく切り替わった。
 本来の持ち味である“両極端”が仕事の場でも開花し、新しいアイデアが次々生まれ、内外でも少しずつ評価されるようになる。その結果、他社に引き抜かれることにもなるのだが、それも自然ななりゆきといえよう。
 昼間は会社員、夜はDJという生活は新聞社時代から続いている。そして、だしを使ってなるべく素材の味を生かしながら薄味で仕上げる自炊生活も。

 「母が料理がうまくて、子どもごころに中途半端な外食より、家でちゃんと作ったものはおいしいと感覚的にわかっていたんですね。だからちょっと疲れていてもそのへんでご飯を済ますということができない。そのかわり、おいしいものは大好きなので、高くてもおいしい店は、何カ月も前から予約して、どんなに忙しくても行って、しっかりゆっくり食べます。適当な店で3千円で10回食べるより、3万円1回とびきりおいしい店のほうが記憶に残り、満足度も高いと思うので」

 “両極端”を支えているのは、食と音楽。これが基本で、変わらず生活の根底にある。もうひとつ、変わらず胸にあるもの、それはきっと「もっとやりたいようにやれ」という上司の言葉だ。小さくまとまりそうになったらその言葉が背中を押す。
 数年後にはどうしても実現したいことがあるのだと目を輝かせる。心の中によりどころのある人の、夢を語るまなざしはこちらがひるむほど真っ直ぐであった──。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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<111>2年間の旅の末にたどり着いた場所

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<113>弁当、常備菜、漬け物。料理男子の思い出のかけら

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