鎌倉から、ものがたり。

<37>伝説のウサギがふるまう、詩と珈琲/古書ウサギノフクシュウ

 日ごとに冬の足音が迫る毎日ですが、みなさま、よい「読書の秋」は過ごされましたか。ものごとが落ち着く冬も、本を読むのに適した季節。今回は、鎌倉駅ホームから見える建物にある古書店から「ものがたり」をお届けします。

    ◇

「黄金色」
 ふくふくと満ちる時間
 日に照らされて光る銀杏の葉
 深く息を吸って
 胸からお腹までを黄金色で満たす

 秋に冬の気配が少し混じりはじめた11月後半の土曜夜。鎌倉の「古書ウサギノフクシュウ」で、夜のひと時を過ごすポエトリーリーディングの会があった。題して「詩と珈琲vol.3」。詩作者の村椿菜文さんが自作・他作の詩を朗読する傍らで、イラストレーターのイシカワアユミさんが時おり音を奏で、SWAN COFFEEが、この夜のために焙煎した珈琲を参加者にふるまう。冒頭の詩は、催しの案内に書かれた村椿さんによる秋の点景だ。

 10人も入ればいっぱいの店内だが、木のベンチが置かれた空間は、なぜか小ささを感じさせない。代わりに、自分の部屋に大切な友だちといるような居心地のよさを覚える。書棚に並ぶ古書の温もりに囲まれているからだろうか。

 ウサギノフクシュウは2014年6月に、小栗誠史さん(39)が開店した。不思議な店名の由来は後で記すとして、店主の小栗さんはどんな人なのだろうか。

 もともと本が大好きな青年で、法学部に在籍した学生時代は、「リブロ池袋本店」で仕入れ管理のアルバイトをずっと続けていた。同店は、1980年代に東京の都市文化を牽引したセゾングループによる“伝説の書店”。惜しくも今年夏に閉店となったが、小栗さんは「セゾン文化の、最後の残り香に間に合った」と振り返る。
「80年代の東京、とりわけセゾンの堤清二さんが仕掛けた『WAVE』や『アールヴィヴァン』といったカルチャー・シーンに、ずっとあこがれていたんです。当時、僕はまだ小学生だったので、リアルタイムには経験していない。だからこそ時代が変わっても、そのあこがれが続いているのでは」

 リブロ時代、先輩からはリチャード・ブローディガンや稲垣足穂といった、80年代に先行する70年代カルチャーを彩った作家についても、いろいろと教えてもらった。

 街の情報源がまだネットではなく「雑誌」だった時代。大学を卒業して、ライフスタイルショップに就職した後も、小栗さんの本好きは変わらず、渋谷のパルコブックセンターなど、文化の発信源になっている場所に、ひんぱんに出入りした。

「創刊されたばかりの『ウォーターマガジン』が売り場に山積みされていた光景は、今でも忘れられません。これ、面白いぞ、という匂いが周囲にただよっていましたね」
「ウォーターマガジン」は、美術作家の故・永井宏さん(「葉山から、はじまる。<47>葉山カルチャー育ての親が大事にしたもの」参照)が編集した“伝説の文芸誌”。永井さんの本の愛読者でもあった小栗さんは、彼が葉山町のアトリエで主宰していたワークショップに参加するようになった。 

「ウサギノフクシュウ」は、その永井さんによる短編小説のタイトルだ。
「不思議な語感で、よく分からないですよね。でも、その語感がずっと僕の中に残っていて……」
 ウサギノフクシュウを開いた後、小栗さんは、永井さんの別の短編集を思い出した。そこには、鎌倉で本屋を開く青年の一編が収められていた。

(→後編に続く:12月25日に掲載する予定です)

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

鎌倉を、あじわう。(2)

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<38>震災後、ライフスタイルショップを辞めた

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