このパンがすごい!

頭ではなく、心でおいしいと感じるパン/宗像堂

このパンがすごい!

右はパン・オ・ショコラ、左はイチジクとクルミにチョコレート

■宗像堂(沖縄)

 道に迷って長くさまよったあと、たどりついた場所のオーラに圧倒されてしまった。丘にある古い米軍住宅。建物自体も白くペンキに塗られて趣き深いものだったが、磁場の心臓部はその裏手にあった。宗像誉支夫さん自作の薪窯。珊瑚のような白い石を貼ったドーム型のそれは、甲羅干しをする亀のように見える。

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薪窯の炎

 夜を徹してここで薪を燃やし、石の中に溜めた熱で、翌朝パンが焼かれる。その作業を宗像さんは「エネルギーをこめる」と表現する。宗像さんの中では「エネルギー」がテーマとなっている。自家培養する発酵種もそうだ。ひとつの素材から元種を起こすのではなく、いくつもの種類が混ぜ合わされる。かって大学で微生物の研究をしていた経験から導かれたその方法は、たくさんの菌をハイブリッドにすることで場の力を高め、パンにエネルギーを充填しようとするものだ。それは、たくさんの生物がのびのびと繁茂する亜熱帯の沖縄にふさわしい。

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宗像誉支夫さん

 たとえば、食パン。薄い皮から炎を感じる。甘く、苦く、なにより香ばしく。香りのこのなつかしい感じは並大抵ではない。やわではないのだ。香ばしさと発酵種の香りの合体は、いつまでも嗅いでいたくなるほど。噛み応えも力強く、ぽわんぽわんと弾みつづける。噛んで、溶けて、飲み込む頃、最終的にはすばらしい甘さへと至るのだが、そこまでにもさまざまな風味と出会う。酸味、ローズマリーのような香り、桃のようなフルーティさ。まるで点描画がたくさんの色を含んでひとつのイメージを表現するみたいに、このパンはいろんな風味が合わさって宗像堂の味を表現する。

 宗像堂の磁場は物語をも生み出す。アーサフォカッチャの素材となるアーサ(あおさ)は、かつてはおばあが海岸で拾って持ってきていたという。食べてみると、まるで波に洗われるかのような思いがする。香りを嗅いだだけで、海の記憶に引き込まれる。海水でも飲んだような塩気がして、そして口から鼻へ、海の香りが渦巻く。見た目の分厚さもさることながら、味わいも分厚い。その分厚さをゆさぶる、舌をぴりぴりさせるような酸味。さくさくっと心地よく沈んで、そのたびにじゅわじゅわっとオリーブオイルとあおさの香りが滲(にじ)みでてくる。

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アーサフォカッチャ(右)、ローズマリーフォカッチャ

 最近、私の執着の対象に新たに加わったものに、カトルカール(黒糖エスプレッソがけ)がある。カトルカールとはパウンドケーキのこと。やわらかい生地が、口に入れた途端にじゅわっと溶ける。味わいの断面から一挙にさまざまな味わいがあふれ出してくる。黒糖、卵、メープルシロップ、リキュール、そしてコーヒー。食べても食べても渇望する。口溶けのじゅわじゅわ感、喉での甘さのしたたり。それは私の中で事件だった。

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カトルカール

 宗像誉支夫さんが、自分の目指すパンをこう表現したことがあった。

 「ここらへんがおいしいパン」

 そのとき、人差し指は胸のあたりを指していた。頭ではなく、心でおいしいと感じるパン。おいしすぎて、なぜこれがおいしいのかなんて考える余裕もなく、むしゃむしゃ食べている。情報で誘導されておいしいと思い込むのではなく、本能がおいしいと言うパン。そんな迫力がたしかに、宗像堂のパンにはある。

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店内

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外観。米軍住宅を店舗に

■宗像堂
沖縄県宜野湾市嘉数1-20-2
098-898-1529
10:00~18:00(水休)
*通販あり

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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