ファッショニスタの逸品

知らないものを、知らない人とつくりたい 伊藤直樹さん

伊藤直樹さん(撮影 石塚定人)


伊藤直樹さん(撮影 石塚定人)

今年のグッドデザイン賞の金賞に輝いた「成田空港第3ターミナル」は、陸上競技のトラックをモチーフにしたデザイン。空港における人の行動原理やその動線を、スポーツの感覚に結びつけた斬新な視点が注目を集めた。手掛けたのはクリエイティブディレクターの伊藤直樹さん率いるデザインチーム「PARTY(パーティー)」だ。

「LCC(格安航空会社)専用のターミナルということで、かけられる予算が少なくて相当厳しかったけど、空間とコミュニケーションの新たなデザインを築くうえでも、やりたい仕事だったし、やってよかったと思える仕事でした」と、伊藤さんは満足げに言う。

  

彼を含む5人のクリエーターによって2011年に設立された会社「パーティー」は、これまでトヨタやサントリー、無印良品といったトップクライアントの案件を数多く手掛けてきた。いずれも国内はもとより海外で高く評価され、数々のデザイン賞を受賞。インタラクティブなコミュニケーションを通して、広告デザインに新風を吹き込む伊藤さん。ここ数年は、「身体性」や「体験」というテーマに着目し、さらなるデジタルコミュニーケーションの可能性を追い求めている。現在、スタッフは代官山のオフィスに25人、ニューヨークに6人が常駐。仕事のボリュームも年々ワールドワイドに拡大中だ。

  

小学生の頃は、卒業文集に将来の夢を「画家」と書くほど、絵を描くのが好きだった。その一方で野球にも真剣に取り組み、中学生になるとプロを養成するシニアリーグに所属。しかし高校入学を機に、生まれ育った静岡から東京へと引っ越し、伊藤さんの人生に転機がやってきた。

「東京に来てからは、とにかく時間があれば、池袋、渋谷、新宿の界隈で映画館をハシゴしていました。都市の雑多なカルチャーにどっぷり浸かり、すっかりスポーツを忘れて、あの頃は一日3本くらい、ありとあらゆる映画を観ていました」

多感な時期に映像の世界に魅了された彼は、大学時代にインターネットとマッキントッシュと出合う。そして「将来、映像とインターネットを融合して何かを表現できないか」、漠然とだが、そんな衝動にかられたという。大学卒業後は大手広告代理店に入社。97年に新設されたインターネットの部署には誰よりも早く志願した。

  

「99年にISDNの登場によって、ネットの通信環境が良くなると同時に表現の幅もグッと広がりました。メディアの歴史ってテクノロジーの歴史でもあるから、テクノロジーがメディアを切り開いていく役割もあるんです」
インターネット黎明期からおよそ20年。隆盛を極めるネット社会において伊藤さんは、つねにクリエイティブシーンのトップランナーとして走り続ける。その柔和な語り口には時代を切り取る鋭い言葉が散りばめられていた。

成田空港第3ターミナル。陸上トラックのような導線が引かれているのが印象的だ(撮影 長谷川健太)


成田空港第3ターミナル。陸上トラックのような導線が引かれているのが印象的だ(撮影:長谷川健太)

クリエイティブディレクターが仕組みをデザイン

――「成田空港第3ターミナル」のグッドデザイン賞金賞が話題になりました。

 ありがとうございます。陸上のトラフィックをモチーフに、空港の動線をデザインしました。今後も、広告で培ったコミュニケーションのデザインを、いろいろな場面で生かせたらと思っています。

――予算的に厳しい条件だったそうですね。

 基本設計の段階から一緒に考えてほしいという要望が、日建設計さんからありました。コスト的には厳しかったのですが、パーティーという会社を作った当初からやりたいと思っていた「空間とコミュニケーション」の異業種同士のコラボだったので、これはやるべきだと直感的に思いました。

――今後の仕事にもつながっていくのでは。
 「知らないもの」を「知らない人」たちと作ることが僕らパーティーの仕事のテーマでもあるんです。今後もつねに異業種コラボをしていきたいと考えています。日建設計さんとの仕事もそうですが、僕らはそこからイノベーションを起こそうとしているわけです。

――「クリエイティブディレクター」という肩書にはこだわりはありますか。
 じつはいま、肩書については考え中です。最近、日本ではクリエイティブディレクターという言葉自体がさまざまな解釈をされて、ちょっと散漫になっている気がしています。たとえば僕の部下にはグラフィックデザイナーもいるし、プログラマーや映像を編集するエディターもいる。じゃあ僕は何をやっているのかというと、彼らを上手にリードしていく「演出家」に近い役割なのかもしれません。

――伊藤さんにとって、象徴的な「クリエイティブディレクター」とは誰ですか。
 日本のクリエイティブディレクターの元祖と言えば、千利休でしょう。茶器そのものをデザインして作る人はいるけど、「茶器」と「空間」と「振る舞い」、それらをトータルで考えた人が千利休だった。彼がいなかったら今の茶道自体生まれていなかったわけだから、すごいイノベーションを起こした人物ですよね。

――クリエイティブディレクターとは、イノベーターでもあると。
 そうですね。ただ、それを肩書にするのはちょっと恥ずかしい。今年のグッドデザイン賞の受賞作の中には、農業や道の駅の「仕組み」をデザインしているものもありました。いわゆる狭義のデザインで納まりきらないくらいデザインの定義が変化しているのだと実感しました。

――そうなった理由は何だと思われますか。
 たとえば「地方再生」や「持続可能な社会」を考える時に、必ずしもビジュアルだけで問題は解決しないということがみんな分かってきたのではないでしょうか。もちろんビジュアル、つまりデザインも大切ですが、同時にそこに至る「仕組み」や「インタラクティビティー」を考えないといけないんだと。

――具体的に「仕組み」とは。
 テレビCMであれば15秒、30秒の枠で納品すればいい。でもインターネットの場合は、その「仕組み」ごと作ることになる。例えば、Facebook、instagram、Gmailなどのメディアもすべて「仕組み」ですよね。

――新たな「仕組み」をデザインするわけですね。
 そうです。僕はインターネットのそんなところに魅了されてきました。デザインを通して表現したいのは、その「仕組み」でもあるわけです。

――これまでに印象に残っている仕事はありますか。
 「映像」「インターネット」「スポーツ」を両立する仕事に巡りあえたのが、広告代理店時代に担当した2002年のワールドカップの仕事でした。それがきっかけで、デジタルで表現する広告が認められ、ナイキの仕事を10年ほど担当することになったんです。

――ご自身のスポーツの経験が仕事にも影響を与えているようですね。
 それは確実にあると思います。中学生の頃、夜まで監督に球を投げてもらい、バットを振り続けていたのは、じつは原初的な「インタラクティブ」や「身体性」の実現だったのだと思うことがあります。

――「インタラクティブ」や「身体性」は日々の生活とも密接につながっていますね。
 たとえば、iPhone6sの新機能で、すごいなあと思うのは3D Touchです。これもある種の「押し込む」という「身体性」ですね。当たり前のことがようやくできただけのことですが、世の中の進化の方向性は、こうした「身体性」をデジタルの中で獲得していくことでもある。つまり人間の動きをプログラム化するわけです。

――伊藤さんと話していると、言葉へのこだわりを感じます。
 僕はビジュアルと同じくらい言葉が好きです。じつは会社のリリースも僕が書くようにしています。最近は言葉の存在が少し窮地においやられているのかなと感じることがあります。インターネットにおいても言葉のポジションが相対的に弱まっている。なんとかしたいと個人的には思っています。

――本はよく買われますか。
 本を読むのが好きですね。オフィスのすぐ近くに代官山蔦屋書店があるので、ジャンルを問わずにどっさり買っちゃいますね。

――服など、ショッピングはどのへんでされますか。
 中目黒が多いかな。よく行くのは「ノンネイティブ」や「ベンダー」です。でも最近はなかなか行けてないですけどね。

――今後の活動についても教えてください。
 いろいろ言う人もいるでしょうが、恐れずに「外海」に出ていきたいです。ある種のカテゴリーキラーになるのかもしれないのですが、僕らは別に何かを壊そうとしているわけでない。むしろ役に立ちたいからやるわけです。いろんな方々と、今後も一緒に手を組んでやっていきたいと考えています。
(文 宮下 哲)

    ◇

伊藤直樹(いとう・なおき)

クリエイティブディレクター。1971年静岡県生まれ。早稲田大学卒業。クリエイティブラボ「PARTY(パーティー)」の代表取締役(CEO)。これまでにナイキ、グーグル、SONY、無印良品など企業のクリエイティブディレクションを手がけている。文化メディア芸術祭優秀賞、グッドデザイン賞など、国内外の200以上に及ぶデザイン賞・広告賞を受賞。相模ゴム工業「LOVE DISTANCE」では日本人として13年ぶりとなるカンヌ国際クリエイティブ祭フィルム部門での金賞を獲得。京都造形芸術大学情報デザイン学科教授。
http://prty.jp/

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