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<31>独りを楽しむために、会話はご遠慮を

〈ブックカフェ〉<31>独りを楽しむために、会話はご遠慮を

 東京・初台駅前。年季の入った雑居ビルの2階に「fuzkue(フヅクエ)」はある。ビルの入口に看板はない。ドアの前に立っても何の店かわかりづらい。ここは「一人の時間をゆっくり過ごしていただくための静かな店」。もし二人連れで訪れても、「独立した時間」を過ごすのが前提なので、会話は遠慮してもらっている。

 オーナーの阿久津隆さん(30)は、一人でくつろげる店には3つの要素が必要と考えている。

「自分を脅かしてくるものが何もない」
「パーソナルでいたいけど、パブリックでもある」
「人の温もりが感じられる」

 阿久津さんは2014年10月にこの店をオープンさせる前、岡山でカフェを営んでいたことがある。そこで気になっていたのは一人客の存在だった。

「一人でゆっくり過ごしている人を見るのが好きでした。こういう人たちのための店ができないか、と思ったんです」

 一人だけど独りではない場所——。ぱっと入りづらい2階以上の物件を探し、店の存在を示す看板も不要と考えた。

 店内には幼い頃から本を読むのが好きな阿久津さんの蔵書が、海外文学を中心に約1000冊ある。

「本はただ私物を詰め込んだだけ。読みたい本がある人は自分で持ってくるし、本がここにある必然性はないとすら思っています。置いていてよかったと思う機会ももちろん多々ありますが」

 特に店内でこだわった場所は? と聞くと意外な答えが返ってきた。

「トイレの防音です」

 店内の入り口近くにあるトイレ。一見普通のトイレに見えるが、洗浄音が店内に聞こえないよう、壁に石膏ボードを2枚重ね、間に防音効果が高いグラスウールを入れてもらった。

阿久津さんは、店内のBGMや空調の音、パソコンのキーボードを叩く音など、ちょっとした物音はむしろあった方がいいと思っている 。一方で、トイレを使う人や、店内にいる人に余計な緊張を与えたくないとも考えている。トイレの防音には、阿久津さんの「ゆるやかで落ち着くことのできる静けさ」に対するこだわりの片鱗が確かにある。

 アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグは、都市生活者には三つの居場所が必要だと提唱している。第1に「家」で、第2が「職場」。そしてその二つの中間地点にあり、コミュニティの拠点となる第3の場所を「サード・プレイス」と名付けた。

 阿久津さんは、それに加えて、友人や家族と交流するためのパーソナルな空間「フォース・プレイス」、そして一人が主体的に過ごせる場所「フィフス・プレイス」があるのではないかと考えている。

「一人時間を贅沢で満たされるものとして提供したい。一人のための時間があると、人は心が豊かになれるんじゃないかと思います」

 店内の席が一人客で埋まり、みんなが本を読んだり、一人の心地よさに身を委ねている時、阿久津さんは、「妙なグルーヴ感」を感じる時があるという。

「同じ静けさでも、店内ががらんとしている時と、お客さんで埋まっている時は明らかに違う。一人のお客さんが多い方が楽しくて、その瞬間がすごくいい。そんな雰囲気になった時、『いい場所つくったな』って思うんです(笑)」

おすすめの3冊

〈ブックカフェ〉<31>独りを楽しむために、会話はご遠慮を

『舞踏会へ向かう三人の農夫』(リチャード・パワーズ)
舞踏会へ行く途中のぬかるんだ道で、3人の男がある写真家に写真を撮られる。この一枚の写真に秘められた、不思議な歴史がすこしづつ明かされていく――。
「過去3年の年末年始で読んだ3冊です。時間や空間が壮大な小説を読みたくなるみたいです。これは、何年も前に読んでものすごく面白かったので2014年の年末年始に再読しました。そしたらあまりピンとこなかった(笑)。また何年かしたら読んでみようと思います」

『百年の孤独』(ガブリエル・ガルシア=マルケス)
蜃気楼の村・マコンドが誕生し、隆盛を迎え、やがて滅亡するまでの100年間を描いた物語。「こちらは2012年。やはり3回目くらい。何年かおきに読みたくなる小説です。ガルシア=マルケスの描く女性の力強さとチャーミングさがいつも心に残ります」

『2666』(ロベルト・ボラーニョ)
正体不明の作家ベンノ・フォン・アルチンボルディを巡って展開する物語。「これは2013年。とにかく重たい(笑)。リュックに入れて帰省先や旅先で読んだんですけど、背中の重みも含め、自分にとって豊かな読書体験になりました」

(写真 山本倫子)

    ◇

fuzkue
東京都渋谷区初台1-38-10 二名ビル2F
http://fuzkue.com/

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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