花のない花屋

日ごと妻の顔を忘れていく父を、介護する母へ

  

〈依頼人プロフィール〉
岡本純子さん 53歳 女性
千葉県在住
会社員

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今から4、5年前のある夏のこと。私たち3人兄弟がみな実家を離れ、両親が夫婦水入らずで穏やかな日々を過ごしていた矢先、それは起こりました。

普段の暮らしの中で、父の言動に「あれ?」と思うことが多くなったのです。うまく言葉では言えないような、ちょっとしたことでの違和感です。父はすでに80歳を超えていましたし、最初は物忘れが多いなというくらいでしたが、そのうち、新聞を読んでいる最中にふと違うことに気を取られると、父はそれまで自分が何をしていたのかわからなくなっているようでした。さらに、近くの公園まで散歩に行っても、道が分からなくなり、迷子になってしまうことさえ出てきました。

さすがに心配になり病院へ連れて行くと、やはり父は認知症でした。それから、私たち家族には試行錯誤の日々が始まりました。

一番大変だったのは、昔の父と今の父の違いを受け入れることです。父は、かつては昭和ひと桁生まれのいわゆる“ガンコ親父”を地でいくような、仕事一筋の人間でした。「俺の言うことを聞け!」といつも言うような父が、今では家族の顔さえわからなくなってしまっています。

あるとき母は、「お父さんはとてもかっこよかったんだから……」と言いながら、若かかりし頃の父の写真を見せてくれました。私たちからすれば、父はいつも仕事で留守だったので、小さい頃は父との思い出があまりありません。でも、今から思えば、父も父なりに家族を大切にしていたのでしょう。

今は80代の母が「妻の使命」であるかのように、父の介護に日々取り組んでいます。すっかり家の中での父と母の立場が逆転していますが、父が昔どうであったとしても、今がどうであるとしても、母は父が大好きで、父への愛情にあふれています。母の女性としての心の強さには、ただただ脱帽するばかりです。

父は、日ごとに母の顔を忘れていますが、今や母の存在なしでは生きられません。そんな二人の姿を見ていて、この世に一つしかない夫婦の絆を強く感じています。今年二人は結婚56周年を迎えました。世界でたった一つの絆で結ばれている両親に、世界でたった一つのお花を贈ることができたらうれしく思います。

母は花が大好きで、昔から庭には季節の花を植えていました。小さくしてもしっかりとした存在感のあるお花が好きなようです。よろしくお願いします。

  

花束を作った東信さんのコメント

80代のお母さまが夫を介護……大変でしょうね……。認知症は誰にでも起こることですから、読んでいていろいろと考えさせられました。

今回のアレンジのテーマは絆です。とにかくご夫婦の絆が素晴らしいと思ったので、それを表現しようとしたのです。そして僕がここぞというときに使うのが、アマリリスの球根。球根には生命のエネルギーがつまっているように感じます。エピソードを読んで、まず頭に浮かんだ花材がアマリリスでした。

今回は夫婦の絆のシンボルとして入れたかったので、2つの球根を使いつつも、1本の花に見えるようにアレンジしています。

アマリリスの周りは、“2人”を邪魔することのないナチュラルガーデン。ナズナ、ミント、ユーカリ、ヒカゲ、ヒバ、スギ、グリーンアイスなどをミックスし、自然な雰囲気を作りました。アマリリスの裏側には、アクセントとして、変わった形のバンクシアやレースフラワーのシードを差しています。ナチュラルガーデンではありますが、インパクトのある植物を差して、奥行きを出しました。ご家族みんなで楽しんでくださいね。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

日ごと妻の顔を忘れていく父を、介護する母へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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