鎌倉から、ものがたり。

<38>震災後、ライフスタイルショップを辞めた

(「古書ウサギノフクシュウ」前編はこちら

 レオ・レオーニの『並行植物』、美しきブラック・アフリカンの写真集、村上春樹の初期長編や短編集……。鎌倉にある古書店「古書ウサギノフクシュウ」の書棚には、20世紀後半の都市カルチャーを彷彿するタイトルが多い。

「自分自身は70年代、80年代をリアルに体験した世代でもないし、かといってデジタルネイティブでもない。そんな僕は、後追いで知った先輩世代の文化にあこがれを感じます。そのことを、今の人たちにも伝えたいな、と思うんです」

 ライフスタイルショップに勤務していた小栗誠文さん(39)が、古書店の店主に転身を考えたのは2011年、東日本大震災の後だった。

 同年5月に葉山町で私淑していた美術作家、永井宏さんのワークショップの仲間と一緒に、永井さんのアトリエを使って「一色海岸書店」というイベントを催した。永井さんが所蔵した本をきれいにして、並べて、お客さんを迎える。永井さんは4月に病気で亡くなっていたが、イベントを聞きつけた人たちが、近隣をはじめ東京や大阪からも来てくれた。この時、お客さんと話をしながら本を売ることの楽しさに触れた。「本当はずっと本屋をやりたかったんだ!」と、自分の気持ちに目覚めた。

 はっきりいって、先の見通しはなかった。が、気持ちを奮起させるため、まず勤務先を辞め、物件探しをはじめた。当初は都内の私鉄沿線を想定していたが、出物はなかなかない。そんな経緯を、鎌倉にあるお茶とご飯の店「sahan」(「葉山から、はじまる。」49回参照)店主の高階美佳子さんに話したりしていた。高階さんは小栗さんとともに永井さんのワークショップに通った仲間で、11年秋に鎌倉で一足早く店を開いた“先輩”だった。
「そんなすぐには見つからないわよ」と、経験者の言葉を聞いて何日か後、その高階さんから「うちの隣りを使ってみない?」というメールが届いた。そこは、永井さんのワークショップに刺激された高階さんが、カフェ併設のギャラリーとして使っていたスペースだった。

 小栗さんの住まいは東京の渋谷区。東京の“動いている”空気が好きな自分にとって、鎌倉は思ってもみなかった立地。最初は気持ちが動かなかったが、周囲の友人たちに何げなく「鎌倉で話があるんだけど……」と話すと、「いいんじゃない!」と好反応が返ってくる。都内から鎌倉に電車で通うのもいいな、と小栗さんの気持ちが変わった。何より通勤電車の中で本を読む時間が持てる。

「店を開いて実感したのは、鎌倉はいい立地だったということでした(笑)。僕はお客さまからの買い取りを大事にしたいのですが、鎌倉の人たちがかつて読んでいた本は、自分が愛好するジャンルとも近いんです。地域のお客さまと一緒に本棚を作る、という店の希望が自然とかなっている。鎌倉の奥深さを感じます」

 今、「ノームコア」という言葉があらわすように、モノを持たない姿勢が、若い世代に流行している。

「情報もネットで手軽に。そんな時代に本というカサの張るモノを売ることは、時代に逆行した行為かも。でも、見えない情報ではなく、手触りがリアルに感じられる本を売ることが、僕にとっては大切なんです。それが『ウサギノフクシュウ』という言葉につながるのかもしれませんね。いえ、ささやかなことなんですけど」

 本を媒介にした地域の文化中継地点。小栗さんの希望は、ささやかに、確実にかなっている。

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

<37>伝説のウサギがふるまう、詩と珈琲/古書ウサギノフクシュウ

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<39>旧倉庫から発信する、「ゆっくり時間」/ブオリ

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